ハスノハカシパン

ハスノハカシパン

センターとハスノハカシパン

【胚操作・実験発生学的研究】
ハスノハカシパンは浅虫周辺ではとても容易に採集できるウニ類です。センターの水槽での維持も容易なので、実習や研究材料として便利な種です。9月初旬から10月下旬までの約2ヶ月間が産卵期ですが、性成熟した状態を水槽内で延長することには成功していないため、一年のうちで2ヶ月しか実験に使えないという制約があります。産卵期は短いものの、卵が透明であることや、胚操作実験が容易であることなどの特徴から、実験発生学の研究材料として優れています。浅虫のハスノハカシパンを対象とした胚操作実験による発生機構の研究論文としては以下のものが挙げられます。

Ishizuka Y., Minokawa T. and Amemiya S. (2001)
Micromere descendants at the blastula stage are involved in normal archenteron formation in sea urchin embryos
Development, Genes and Evolution 211: 83-88.


Minokawa T. and Amemiya S. (1999)
Timing of the potential of micromere-descendants in echinoid embryos to induce endoderm differentiation of mesomere-descendants
Development, Growth and Differentiation 41: 535-547.


上記の二論文は小割球子孫細胞の発揮する原腸誘導能に関する研究です。間接発生型ウニの胚は第四卵割で不等分裂して、植物極端に小割球をつくります。小割球が原腸誘導能をもつことは20世紀初頭から中頃までに活躍したヘルスタディウス(Sven Hörstadius: https://en.wikipedia.org/wiki/Sven_H%C3%B6rstadius)によって発見されていましたが、その誘導能の詳しい性質は長い間明らかにされていませんでした。
我々は小割球が誘導能を発揮するタイミングを胚操作実験から解明するため、正常発生では原腸に分化しない中割球と、小割球を組み合わせたキメラ胚実験系を作成し、小割球と中割球の接触のタイミングをコントロールする実験を行いました。その結果、小割球子孫細胞は胞胚期に原腸を誘導するシグナルを発揮すること、誘導シグナルは短時間(1~2時間)で中割球に原腸を誘導できることを明らかにしました(Minokawa T. and Amemiya S. 1999)。
胞胚期に発現する誘導シグナルの正常発生過程での役割を調べた研究がIshizuka Y., Minokawa T. and Amemiya S. (2001)です。16細胞期に小割球を除去すると、その胚の原腸陥入は大幅に遅れるか、あるいは原腸陥入がおきません。我々は、16細胞期に小割球を除去した胚に、胞胚期の段階で小割球子孫細胞を戻したところ、正常なタイミングで原腸陥入が起きることを発見しました。このことから、小割球子孫細胞が胞胚期に発揮する原腸誘導シグナルは、正常発生における原腸陥入にも不可欠な役割を果たしていることが示唆されます。
これらの研究は、胚操作実験の容易な浅虫産のハスノハカシパンを対象として行われました。

Minokawa T. and Amemiya S. (1998)
Mesodermal cell differentiation in echinoid embryos derived from the animal cap recombined with a quartet of micromeres
Zoological Science 15: 541-545.


Minokawa T., Hamaguchi Y. and Amemiya S. (1997)
Skeletogenic potential of induced secondary mesenchyme cells derived from the presumptive ectoderm in echinoid embryos
Development, Genes and Evolution 206: 472-476
.

ヘルスタディウスの一連の研究では、小割球4個と中割球8個からなるキメラ胚は正常な形態のプルテウス幼生になると報告されていましたが、その正常性は主に外部形態や消化管分化、骨の形成などで評価されており、間充織細胞分化については詳しい報告はありませんでした。そこでキメラ胚由来の幼生にも正常な幼生と同様の形態と機能をもつ間充織細胞が分化しているかどうかを調べたのが上記の二論文です。これらの研究はどちらも浅虫産のハスノハカシパンを研究対象として行われました。Minokawa T. and Amemiya S. (1998)では、ハスノハカシパンのキメラ幼生に、正常な幼生のもつ四種の二次間充織細胞種(色素細胞、胞胚腔細胞、筋肉細胞、体腔嚢細胞)が分化していることを明らかにしました。
さらに、Minokawa T., Hamaguchi Y. and Amemiya S. (1997)はこれらの二次間充織細胞が潜在的な骨片形成能をもつことを明らかにしました。なお、ウニ類の二次間充織細胞が潜在的に骨片形成能を持つことは当センターの前身である浅虫臨海実験所におられた福士尹先生が発見され、浅虫臨海実験所報告 The Bulletin of The Marine Biological Station of Asamushiで報告された現象です。

Fukushi T (1962) The fates of isolated blastoderm cells of sea urchin blastulae and gastrulae inserted into the blastocoel. Bull Mar Biol Stn Asamushi Tohoku Univ 6:21–30


【分子発生学的研究】
カシパン類はホンウニ類と約2億年前に分かれました。2億年の間にどのような発生機構の進化が起きたかは大変興味深い問題です。ホンウニ類についてはさまざまな発生調節遺伝子の機能が明らかになっています。しかし、カシパン類の発生調節遺伝子研究はさほど盛んではありませんでした。発生調節遺伝子の機能研究には、実験発生学的知見が役に立ちますが、これらが比較的多く蓄積しているハスノハカシパンは発生調節遺伝子の機能研究に適しています。また、カシパン類には変形発生(直接発生)をする種も知られています。変形発生機構の進化を研究するうえで、比較対象となる間接発生種の研究は不可欠です。ハスノハカシパンは変形発生研究の比較対象としても重要です。そこで我々は浅虫産のハスノハカシパンを対象として、発生調節遺伝子の発現パターンの解析を行なってきました。

Minemura K, Yamaguchi M. and Minokawa T. (2009)
Evolutionary modification of T-brain (tbr) expression patterns in sand dollar
Gene Expression Patterns 9: 468-474
.

Nakata H. and Minokawa T. (2009)
Expression patterns of wnt8 orthologs in two sand dollar species with different developmental modes
Gene Expression Patterns 9: 152-157.


Hibino T., Harada Y., Minokawa T., Nonaka M. and Amemiya S. (2004)
Molecular heterotopy in the expression of Brachyury orthologs in Order Clypeasteroida (irregular sea urchins) and Order Echinoida (regular sea urchins)
Development, Genes and Evolution 214: 546-558.