光合成の生理生態学講座

 クロロフィル含量の測定

 

はじめに

たくさんの測定法がある

葉から直接抽出して測定

バッファ中の濃度の測定

DMSOを用いる方法 (200702 05)

SPADを用いる方法 (200702 05)


はじめに

 

 葉っぱがなぜ緑色をしているのかというと、それはクロロフィル(chl)が緑色をあまり吸収できないからです。言うまでもなく、chlは光合成において光エネルギーを吸収する色素です。詳しくは「光と光合成」を見ていただきますが、chlの多寡が弱光下での光合成速度に影響を与えます。

 chlは比較的、というか、最も測定が容易な光合成系コンポーネントです。たまに、この色素の量から光合成能力(光飽和下の光合成速度、Pmax)がわかると思っている人がいますが、そんなことはありません。光合成能力とchl含量の間には、特殊例をのぞき、相関はありません。相関があるのは、光条件が同じで窒素栄養条件が異なる場合くらいでしょう(Evans & Terashima 1987)。特に、光環境が変わるとPmax/chl比が大きく変わるので注意が必要です。

 ではchl含量を測定しても、光合成能力を推定することはできないでしょうか? ところが必ずしもそうではありません。高等植物は二種類のchlを持っています。chl aとbです。chl a/b比はPmax/chl比と比較的高い相関があります。よりおおざっぱには、面積あたりのchl a含量とPmaxの間の相関があることが期待できます(試したことはない)。あくまで相関がある、という程度なので、予測に使うのはあまりお勧めしません。しかし、目安には使えると思います。なお、種が変わるとchl a/b比とPmax/chl比の相関は大きく変わりますので、種間比較には使えません。

 あと、chl a/b比は光環境と高い相関があります(「光と光合成」参照)。前にFunctional Ecology誌に、chl a/b比が光環境の推定に使える、という論文が出たことがあります(詳細忘却)。ただ、同じ光環境でも他の条件によって変化することもあるので(湿度-Pons and Jordi 1998, 窒素栄養-Thomson et al. 1992)これも目安程度に考えたほうがいいでしょう。


たくさんの測定法がある

 

 クロロフィルの測定法については実はたくさんの論文があります。一度趣味でどれだけあるのか調べたことがあります。本当はそれでshort noteかなんかを書こうと思って調べたのですが、調べたところで終わっています。せっかくですから、ここで日の目を見せましょう。

 私は、1993年に出た植物生理学関係の雑誌8誌(Plant & Cell Physiology, Physiologia Plantarum, Planta, Photosynthesis Research, Photosynthetica, Plant Cell & Environment, Australian Journal of Plant Physiology, Plant Physiology)の全ての論文に目を通し、chl測定法の文献をチェックし、記録しました。前の文献に方法を書きました、と書いてある論文もちゃんとさかのぼって調べています。藻類については無視しました(chl cとかdとかもあるから)。被引用回数は以下の通りです。

Arnon (1949) or Mackinney (1941): 76

Porra et al. (1989): 14

Lichtenthaler & Wellburn (1983): 9

Lichtenthaler (1987): 7

Wintermans & De mots (1965): 6

Inskeep & Bloom (1985): 4

Veron (1960): 4

Moran (1982): 4

Jeffery & Humphrey (1975): 3

Ziegler & Egle (1965): 3

Bruinsma (1961): 2

Graan & Ort (1984): 2

その他、一回だけ引用されたのが8本です。あと、高速液クロで調べた、という論文が8本ありました。私が調べたのはここまでですが、推定ではまだ10本はあると思われます。

 ArnonとMackinneyをまとめて数えていますが、なさけないことにどうしてまとめてしまったのか忘れてしまいました。たしか、Arnonの方法がMackinneyのデータをもとにしている、とかそんな感じだったからまとめたのだと思いますが・・・。

 chl含量の測定法は、基本的には2種類にわけることができます。一つは、バッファ中で葉をすりつぶし、そのバッファ内のchl濃度を測定する、というもの(残りのバッファを別な用途に使う場合に用いる)と、葉に有機溶媒を加えてすりつぶすもしくは浸けておいてchlを抽出し、有機溶媒中のchl含量を測定する、というものです。

 有機溶媒を用いる理由は、chlをタンパク質からひきはがすことにあります。水溶液中ではchlは光化学系のタンパク質と結合しています。有機溶媒を使えば、chlが溶けてくるだけでなく、タンパク質などを沈殿させられる、というメリットもあります。有機溶媒中のクロロフィル濃度は、一般的には2波長(chl aとbがあるので)での吸光度を測定し、ある方程式にいれて計算します。

 基本的には2種類しか方法はないはずですが、それにも関わらずこれだけたくさんの方法がある理由の一つは、一つはchlを抽出するときの有機溶媒の種類をいくらでも考えられるからです。例えば、最も使われているArnonの方法は80%アセトン、Wintermansは96%エタノール、Lichtenthaler & Wellburnでは5種類の有機溶媒について調べています。用いる有機溶媒によってchlの吸収スペクトルは若干変化します(ちなみに、80%アセトンと100%アセトンでもスペクトルは違います)。なので、有機溶媒によって異なる方程式を使う必要があるのです。もう一つは、最も多く使われているArnon (1949) の方法は不正確であることがかなり前からわかっていたのですが(私の測定では、6%ほど異なる)、他の研究者が「これが改良された方法である」として論文を書いても、なかなか研究者の間に定着しなかった、というのがあります。

 こんなにたくさん方法があるんであれば、どの方法を使ったらいいか迷ってしまいます。しかし結論はあります。Porra et al. (1989)の方法を使いましょう、というのが現在のこの分野のコンセンサスと考えて下さい。なお、Porra et al. (1989) では、80%アセトン、100%DMF、100%メタノールについて方程式を示しています。彼らの方法の信頼性が高いのは、彼らが方程式をとるために使った標準試料のクロロフィルの量を原子吸光を使ってチェックしたためです。


葉から直接抽出して測定

 

 一番楽なDMF抽出を紹介しましょう。DMFはdimethylformamidoの略で、(たぶん人体に有害な)有機溶媒です。

やり方・・・1 cm2程度の葉片を用意します。正確な面積を知っておく必要があります。私は直径1cmのディスクをリーフパンチという機械で打ち抜いています(楽)。試験管を用意し、中に3 mlのDMFを入れます。そこに、打ち抜いた葉片をいれます。ふたをして、冷蔵庫に入れて、一晩おきます。次の日にはたぶんchlがほとんど抽出できていると思います。

 以下の式で有機溶媒中のchl濃度を計算することができます。式はPorra et al. (1989) によります。なお、ゼロは750 nmで合わせて下さい。chlはこの波長では吸光がないとされています。

 

chl a (μM) = 13.43A663.8 - 3.47 A646.8

chl b (μM) = 22.9A646.8 - 5.38 A663.8

chl a+b (μM) = 19.43A646.8 + 8.05A663.8

 

ここで、A663.8は663.8 nmの吸光度です。Mはmol/lです。

 ただし、浸けただけで抽出できるのは、残念ながら草本の葉くらいです。常緑樹の葉っぱは浸けただけでは抽出できません。葉片をよく揉んでからDMFに浸けて下さい。一度どれだけよく揉んだら抽出できるかを試してから実験することをお勧めします。

 DMFを用いるのは、抽出力が強いからです。アセトンやエタノールでは浸けただけではほとんど抽出できません。昔は葉っぱのchl濃度を測る場合は、80%アセトンの中で葉をすりつぶす、ということをやっていたようです。

 なお、PorraらはDMFには多少水が混じっていても結果はそれほど変わらないとしています。これは、葉片に含まれる水は無視できる、という意味です。


バッファ中の濃度の測定

 

 他の光合成系コンポーネントの量を求めるときには多くの場合葉をバッファ中ですりつぶして調べる必要があります。バッファ中のchl濃度を調べる場合には、有機溶媒に水(バッファ)を加えなくてはいけないので、水と有機溶媒を混合した状態で測定する必要があります。一般的に使われているのが、80%アセトン(アセトン8+水2)を使った方法です。

 方法は簡単です。バッファ2とアセトン8を混ぜて(バッファのchl濃度が高い場合は水でバッファを薄める)、遠心してタンパク質を落とします。冷却遠心である必要はありませんが、アセトンは揮発性なので温度は下げたほうがいいでしょう。ただし、下げすぎると分光器に入れたときにキュベットが曇ります。上清の吸光度を測定して下さい。

 式は以下の通りです。これも750nmでゼロを合わせて下さい。DMFの場合と、波長、式とも若干違うので注意して下さい。

 

chl a (μM) = 13.71A663.6 - 2.85A646.6

chl b (μM) = 22.39A646.6 - 5.42 A663.6

chl a+b (μM) = 19.54A646.6 + 8.29A663.6


DMSOを用いる方法

 

DMFだけでなく、dimethylsulfoxide (DMSO) という有機溶媒も抽出によく利用されます。ただ、私は使ったことがないのでTait and Hik (2003)、Shinano et al. (1996)、Wellburn (1994) をご紹介しておくにとどめます。Wellburn (1994) に計算式が、Tait and Hik (2003) に方法の妥当性を検討した結果が載っています。


SPADを用いる方法

 

SPADは、chlorophyll meterとも呼ばれ、葉を非破壊のまま光学的にクロロフィル含量を測定する機械です。長さ20cm程度で軽量、単3電池で動き、葉を挟んで数秒で数字を出してくれるという、かなり勘弁で優れた機械です。原理を正確に知っているわけではありませんが、葉を挟んだときに、クロロフィルが光を吸収しない長波長とクロロフィルaとbの吸光度が同じ波長で吸光度を測り、クロロフィル含量を計算していると思われます(私の想像です)。特に草本では実際のクロロフィル含量と非常に高い相関が見られ、多くの研究で実際に利用されています。私も一度使用しました(Hikosaka and Hirose 2000)。注意点は、クロロフィルa/b比は出してくれないこと、葉が厚い植物では相関が低めになることなどでしょうか。種によってSPAD値と実際のクロロフィル含量の関係が異なる可能性があるので、こまめにキャリブレーションカーブを描くことをお勧めします。


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