光合成の生理生態学講座

 二酸化炭素の拡散2

葉内コンダクタンス

 

はじめに

測定法の確立まで (200603 16)

測定原理 (200603 16)

葉内コンダクタンスは種・葉によって異なる (200603 16)

葉内コンダクタンスの決定要因 (200603 16)

 


はじめに

 

 こちらに書いたように、気孔コンダクタンスは比較的容易に測定することができ、多くの研究が行われてきました。しかし、二酸化炭素の拡散は気孔を通過すると終わり、というわけではなく、葉内細胞間隙に入ったあとで細胞壁・細胞膜・細胞質といった多くの構造を通過し、終着点の葉緑体内にたどりつきます。気孔から先の経路でどれだけの抵抗が測定できるようになったのは1990年代に入ってからで、比較的若い研究対象と言えます。ここでは気孔以降葉緑体までの拡散コンダクタンスを葉内コンダクタンスと呼び、どの程度大きいのか、どれだけ光合成に影響があるのか、ということを説明します。

 


測定法の確立まで

 

 まず、葉内コンダクタンスの定義からいきましょう。というのは、時代によって様々な定義があるからです。Gaastra (1959) から1970年代まで、mesophyll conductance(葉肉コンダクタンス)というと、「生化学的」な「抵抗」(の逆数)のことと考えられていたようです。気孔コンダクタンスが物理学的な「抵抗」(の逆数)を表すこととの対比と考えていいでしょう。特に、葉緑体におけるCO2濃度は0であると仮定し、

 

P = gm (Ci - 0)

 

という計算をし、gmを葉肉コンダクタンスとした仕事があるようです(文献は知りませんが)。後で述べるように、葉緑体におけるCO2濃度は0ではないので、この考え方は正しいものではありません。次に「葉肉コンダクタンス」と呼ばれるようになったのは、光合成−Ci曲線の初期勾配です(たぶんvon Caemmerer & Farquhar 1981からではないかと思いますが、自信なし)。これは今でもたまに使う人がいます。仮に、葉緑体のCO2濃度とCiが同一だとしましょう。「二酸化炭素と光合成」で述べたように、低CO2濃度領域において、あるCO2濃度での光合成速度はRuBPCaseの量(モデル上ではVcmax)に依存します(他のパラメータは定数なので)。したがって、実際にRuBPCase量を測定しなくても、光合成-Ci曲線の初期勾配を測れば、RuBPCase量と比例することが期待される値を得ることができます。このときの「mesophyll conductance」も生化学的なものです。しかし、本項で扱う「葉内コンダクタンス」は以上の「mesophyll conductance」とは概念から違い、あくまでも「物理的」なものです。具体的には、(気孔付近の)葉内細胞間隙から葉緑体までのCO2の拡散コンダクタンスのことです。

 詳しくはこちらに書きましたが、CO2の気孔コンダクタンスは水蒸気の気孔コンダクタンスから推定されます。しかし、水蒸気は葉緑体から葉内細胞間隙まで拡散しているわけではないので、気孔コンダクタンスと同じ要領で葉内コンダクタンスを求めることはできません。1980年代後半までは、葉内コンダクタンスは実質上無視されていました(葉内コンダクタンス=無限大と考えられていた)。Nobelのように、葉の中の解剖学的構造から葉内コンダクタンスの重要性を主張した人もいたようですが、主流にはなっていません。なぜかというと、やはり測定することができなかったことと、「無視しても矛盾がない」からです。現に、Farquharのモデル(Farquhar et al. 1980)はCiと光合成の関係を論じていますが、本当は葉緑体内CO2濃度と光合成の関係を論じるべきモデルです。しかし、現実にはこのモデルは非常に役に立っているわけです。例えば、光合成-Ci曲線の初期勾配とRuBPCaseの量の間に高い相関がある、というのはモデルの予測と合っています(von Caemmerer & Farquhar 1981)。もし葉によって葉緑体内のCO2濃度とCiの比が違うのならば、そんな相関はなくなるからです。

 しかし、「葉内コンダクタンスを無視したら矛盾がある」ということは実は意外に早くから指摘されていました。モデルによれば、初期勾配とRuBPCase量の間の関係は直線になるはずなのですが、その関係は飽和型の曲線でした(Evans 1983)。このことから推測されたのは、「RuBPCase量が多い葉では、葉緑体CO2濃度が低くなる」のではないかということです(Evans 1983, Evans & Terashima 1988)。

 実際に測定を可能にしたのは JR Evansを含むキャンベラ(オーストラリア)のグループです(Evans et al. 1986)。原理は、「RuBPCaseが行うcarboxylationにおいて、CO2の安定同位体が選り好みされる」ということを利用したものです。このあとさらにクロロフィル蛍光とガス交換測定を組み合わせることによっても葉内コンダクタンスをや推定するという別の方法も提案されています(Harley et al. 1992a, Loreto et al. 1992)。

 


測定原理

 

上に述べたようにガス交換だけでは葉内コンダクタンスを推定することはできません。現在利用されているのは二つの方法です。

 一つがガス交換測定時に炭素安定同位対比も同時に測定する手法です。安定同位体分別(isotope discrimination)については「同位体の利用」に詳しく書くことにし、ここでは簡単に述べることにします。炭素には12Cと13Cがあります。RuBPCaseは13CO2よりも12CO2を好むという性質があるのですが、RuBPCaseが12CO2を同化する割合は、葉緑体内のCO2濃度に依存する(低CO2濃度ほど13CO2を同化しやすい)ことが知られています。光合成を測定するときに、チャンバーから出てきた空気の12CO2/13CO2比も同時に測定すると、葉緑体内のCO2濃度を推定し、さらに葉内コンダクタンスを推定できるわけです。

 もう一つの手法がクロロフィル蛍光とガス交換の同時測定です。クロロフィル蛍光についての詳細はこれもまた別に書きますが、クロロフィル蛍光の測定によって光化学系IIで行われる電子伝達速度を推定することができます。電子伝達速度からRuBPの生産速度を推定します。RuBPの一部がカルボキシル化に、残りが酸素化によって消費されます。どちらでどれだけ消費されるかはCO2濃度に依存します。つまりRuBPの生産速度とカルボキシル化速度をガス交換によって推定することで酸素化/カルボキシル化比を推定し、そこから葉緑体内のCO2濃度を推定するやり方です。

 


葉内コンダクタンスは種・葉によって異なる

 

 同位体を用いた測定装置の論文が発表されたのは1986年でしたが、最初の測定報告は1991年に発表されました(von Caemmerer & Evans 1991)。コムギの様々な葉っぱで比較した結果、葉内コンダクタンスgmは飽和光下の光合成速度Pとほぼ正比例している、というものでした。ということは、

 

P/gm=Ci-Cc

 

(Ccは葉緑体内CO2濃度、Ciは細胞間隙CO2濃度)なわけですから、Ciが一定と仮定すると、P/gm=一定すなわちCcは一定なわけです。gmの大きさはgsとほぼ同じ程度でした。コムギでは、だいたいCi/Ca比が0.7-0.8程度ですが、Cc/Ci比も0.7-0.8くらいだったのです。この仕事により、細胞間隙から葉緑体までのCO2拡散抵抗が、気孔なみに大きいことが初めて明らかになりました。

 一方、クロロフィル蛍光を用いた測定結果もLoreto et al. (1992) により発表されました。Loretoらは様々な種間での比較を行い、やはり葉内コンダクタンスと光合成速度や気孔コンダクタンスが比例していることを示しました。これらの結果から、Cc/Ci比はどの種でも0.6-0.8程度であると考えられています。

 その後様々な測定例が報告されています。Cc/Ci比はどの種でも0.6-0.8程度、と書きましたがやはり種間差はないわけではなく、落葉樹や草本より常緑樹で低いこと(Lloyd et al. 1992, Hikosaka et al. 1998, Terashima et al. 2005, 2006)などが報告されています。面白いのは高標高タイプのイタドリと低標高タイプのイタドリの比較です(Kogami et al. 2001)。同じ条件で育てても高標高由来のイタドリのCc/Ciが低く、これが高標高由来植物の光合成能力が低い原因の一つと考えられています。

 


葉内コンダクタンスの決定要因

 

 何度も書いたように、CO2は気孔を通過したのち、細胞間隙を通り、細胞壁で水に溶け込みます。細胞壁中を通過して細胞膜を通過、細胞質を通り、葉緑体包膜を通ってストロマに至ります。これらのどこが一番大きな抵抗を持つのか? ということが問題でした。

 古くは細胞間隙が大きな抵抗を持つのではないかと考えられていました。これは、光合成能力の種間比較をすると、厚い葉を持つ種ほど光合成能力が低い、という事実からの類推です。葉が厚いと細胞間隙内のCO2の拡散経路が長くなります。長くなればなるほど抵抗は大きくなるから、それが原因で厚い葉の光合成能力が低いのでは、というわけです。しかし、現在細胞間隙の長さは重要ではないと考えられています。例えば、同種内で比較すると、上の予測と逆に厚い葉ほど葉内コンダクタンスは高くなります(Evans et al. 1994)。また、葉内コンダクタンスを測定するときに空気(窒素+酸素)のかわりにヘリウム+酸素を使ってみると、葉内コンダクタンスが上昇するはず(CO2は窒素の中よりヘリウムの中のほうが拡散係数が高い)だが、実際測定してみると変わらない(Genty et al. 1998)、という事実も細胞間隙が重要でないことを示唆します。さらに、理論的にも検討されています(Parkhurst 1994, Terashima et al. 2001)。こちらで拡散係数Dについて書きましたが、CO2の拡散係数は気相では高く、細胞間隙内では拡散は速やかに起こります。また、種によって異なりますが、葉内の細胞間隙の体積比はかなり大きい(半分程度か)ので、気孔と比べて大した抵抗にならないと考えられます。

 逆に重要なのは細胞壁で水に溶け込んでからです。CO2の液相での拡散係数は気相での拡散係数の一万分の一です。これは、CO2の拡散にとっては、水中の1mmは空気中の10mに等しいということです。水の中というのはCO2にとってはとても動きにくい世界であるわけです。したがって、細胞壁に入ってから葉緑体までの経路というのは、絶対値としては短いのですが、CO2の拡散としてはたいへん「長い」距離になるわけです。葉緑体は細胞の中にぷかぷか浮かんでいるのではなく、ほとんどの場合、細胞膜にすり寄るように位置しています。これはCO2拡散経路を最小にするためだろうと考えられています。

 Evans et al. (1994) は、「葉緑体が細胞間隙にさらされている面積を葉面積で割ったもの」と葉内コンダクタンスの相関が高いことを示しました。長いので「葉緑体が・・・」をScと呼びましょう。Scが多いということは葉内においてCO2が水に溶け込む場所の面積が多いことを意味します。上に厚い葉ほど葉内コンダクタンスが高い(Evans et al. 1994)と書きましたが、これは厚い葉ほどScが高く、CO2が通りやすいからだと解釈できます。

 さて、次の問題は細胞壁から葉緑体内部までの間のどこで抵抗が高いか、ということです。90年代には細胞壁の厚さが効いているのではないか、という議論がありました(Evans et al. 1994, Terashima et al. 1995, Kogami et al. 2001)。Evansは当時葉内コンダクタンスのことを wall conductance (gw)、つまり細胞壁コンダクタンスと呼んでいたくらいです。一方、90年代終わりになり、動物の生体膜に存在するタンパク質アクアポリンがCO2を透過させるという報告がなされました(このへんの経緯は私はよく知りません)。植物の葉肉細胞の細胞膜にもアクアポリンがあることがわかっており、植物でもCO2拡散にはたらいているのではないかと考えられました。Terashima and Ono (2002) は水銀でアクアポリンのCO2輸送を阻害すると葉緑体CO2濃度が著しく低下することを発見しました。さらにHanba et al. (2004) はアクアポリンを強制発現させた遺伝子導入イネで葉内コンダクタンスが大きく増大することを示しました。これらのことから細胞膜がCO2拡散のキーの一つであることは間違いないと思われます。ただ、実際に細胞膜でどれだけの抵抗がかかっているかは私は知りません。


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