バニラ
(Vanilla planifolia Salib.)

 

 アイスクリームの甘い香り,バニラを知らない人はほとんどいないでしょう。しかしバニラの香りがどんな植物からどのようにとられているかを,正確に知っている人はそれほど多くないのではないでしょうか。ここでは,バニラがどんな植物か,どのようにしてバニラの香りは生み出されるのかについて,簡単に紹介しようと思います。

 

バニラはランの中の変わり者

 バニラは実はメキシコ原産のランの一種です。縁の近い(同じバニラ属に属する)種類は,世界中の熱帯に約20種類が知られています。バニラはランの仲間では珍しいつる性の植物です。その長さは実に10mにも達し,樹木に這いあがって生活しています。茎には長さ20センチ程度の肉厚な葉を互い違いにつけ(写真左),その根元から出る短い茎に,花を20〜30個まとめてつけます。大きさは6センチくらいで,白〜淡い黄色,黄緑色と派手さはありませんが,カトレヤのような,きれいな花を咲かせます(イラスト右上)。しかし,花の寿命は一般のランに比べるとずっと短く,普通は1日しかもちません。原産地ではハリナシバチ(ミツバチ科)が花粉を運び、受粉した花は半年以上かかって、長さ30センチほどにもなるインゲン豆のような果実になります。完全に熟した果実の中には,長さ数ミリの堅くて黒い種子がたくさん入っています。ランの種子は粉のように細かいのが一般的ですので,バニラの種子はランの中では破格に大きなものです。このようにランの中では変わったことづくしのバニラは, 観賞用以外の商業栽培がなされる唯一のランとして,マダガスカルを中心に世界中の熱帯地域で栽培されています。

 

手間のかかる香り

 バニラの甘い香りは、バニリンという物質を中心とする実に150種以上もの化学物質が、奇跡的な比率で配合されることで生み出されます。さて、そのバニラの香りはどこから採れるのでしょうか。バニラの花も甘い匂いがしないわけではありませんが、それほど強いものではありません。バニラの香りを生み出すのは、バニラ・ビーンズと呼ばれる、バニラの果実です(イラスト左)。しかしただ果実を収穫すればにおいが採れるというわけではありません。熟する前に収穫されたバニラの青い果実は、ただ草のにおいがするだけです。これを熱いお湯の中に数分くぐらせ、温かいうちに布にくるんで木箱に詰め、2日ほどそのままにしておきます。こうすることで、バニラ・ビーンズの中で独特の香りを生み出す発酵過程が進んでいきます。この過程を「キュアリング」といいます。その、昼は天日干し、夜はその熱が逃げないように再び布にくるむという過程を数週間繰り返し、バニラ・ビーンズをゆっくりと熟成されていきます。こうして十分発酵し、完全に乾きあがったバニラ・ビーンズは、はれて出荷されて私たちの手元に届きます。実に長い時間と惜しみない手間をかけて、バニラはその香りをたたえるようになります。

 

 バニラは古くアステカ文明の時代から珍重され、租税として納められていたとのことです。当時の人々がこの複雑な「キュアリング」の過程を、どのようにして編み出したのかは全くわかりませんが、そのおかげで私たちは、奇跡の香り・バニラを手に入れることができたのです。