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二重螺旋
            低酸素応答によるHIF-1活性化調節機構

低酸素状態のことをハイポキシアといいます。ハイポキシアでに活性化される転写因子、Hypoxia-Inducible Factor-1(HIF-1)が見いだされて、低酸素応答系の分子機構の研究は急速に進展しました。また、類似因子HLFも見出され、高等動物でのハイポキシアに応答する遺伝子調節機構もかなり解明されてきています

ハイポキシアで活性化される遺伝子にはHREがある
ハイポキシアで誘導されるタンパク質や酵素は多いのですがその例として、赤血球増殖因子であるエリスロポエチン(EPO)、血管内皮細胞増殖因子であるVEGF(Vascular Endothelial Growth Factor)やその受容体、血管に働くエンドセリン-1、プラスミノーゲンノ活性化因子阻害因子-1、誘導型一酸化窒素合成酵素、PDGF-B、鉄代謝に関与するトランスフェリンとその受容体、セルロプラスミン、ヘムオキシゲナーゼ-1、カテコールアミン生合成の律速段階を触媒するチロシン水酸化酵素、グルコースを細胞に輸入するグルコース輸送体GLUT1、解糖の酵素であるホスホフルクトキナーゼ、アルドラーゼA、エノラーゼなどがあります。また、転写因子であるEgr-1やDEC-1などが低酸素で活性化することが報告されています。現在でもハイポキシアで活性化される遺伝子は続々と見いだされている状態で、その種類は増えつつあります。
低酸素で抑制する酵素として、糖新生の酵素であるホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ (PEPCK)が知られている。ハイポキシア以外にもコバルトによっても阻害されるので、活性化と同様のメカニズムによって阻害されると考えられます。
これらのタンパク質や酵素をコードする遺伝子の転写調節領域の研究から、ハイポキシアに応答するDNAエレメントとして、HRE(Hypoxia Response Element)と名づけられた、共通のDNA配列があることが分かりました。下の表にその塩基配列を示します。
低酸素刺激の代わりに、2価のコバルトイオンやニッケルイオン、鉄のキレーターであるデスフェロキサミン(DFO)によっても、HREを経由して同様に遺伝子の活性化が起きることが知られています。HIF-1はHREに結合する因子としてHeLa細胞から精製され、構造が決定されたのです。
HIF-1aとHLFはbHLHドメインとPASドメインをもつ転写因子である
HREに特異的に結合するHIF-1は2つのサブユニットから構成され、分子量の大きいサブユニット(120 kD)がHIF-1a、小さいサブユニット(91,93,94 kD)が、HIF-1bと名づけられました。HIF-1a は一群の薬物代謝酵素の誘導に中心的役割を果たしている、Ahリセプター(AhR)(ダイオキシンの話を見てください)や、中枢神経系の発生に必要なSimに共通したパートナー分子であるArntと同一タンパク質であることが分かったので、HIF-1aが低酸素応答に直接関係した因子であることが推定されました。図にHIF-1a, Arntをはじめとする、いくつかの低酸素応答に関連した転写因子の構造を模式的に示しました。
共通してbasic-helix-loop-helix (bHLH) ドメインとPASドメインと名づけられた構造単位が、同じ配置で存在します。HLHドメインは二量体形成に必要なドメインとして機能していて、c-MycやMyoDなど多くの転写因子に存在しています。またそのN末端側に存在するベーシック配列は、塩基性アミノ酸が多く、直接DNAを認識し結合する部位です。PASドメインはショウジョウバエperiod遺伝子産物(dPER)、ヒトArnt, ショウジョウバエsingle minded 遺伝子産物(dSIM)の頭文字から、共通して保存されているドメイン構造として名づけられました。260から300個のアミノ酸からなり、ドメイン内に約50 アミノ酸からなる、ダイレクトリピート構造(PAS A と PAS B)が存在します。PASドメインはタンパクータンパク相互作用のインターフェースとして働きます。すべてのPASタンパク質間のダイマー形成には、PASドメインのうち、少なくともPAS A領域と、HLHドメインの二つが不可欠であると考えられています。
HIF-1aにはC末端領域とタンパクの中程に転写活性化ドメイン(NADとCAD)が2カ所存在し、 C末端部の転写活性化ドメインは転写のコアクティベーターであるCBP/P300と直接結合します. HLF(HIF-1a like factor)はHIF-1aと一次構造上類似性が高く、HIF-2aとも呼ばれ、とくにbHLHとPASドメイン, 転写活性化ドメインのアミノ酸配列が強く保存されています。HLFはHIF-1aと同様Arntとヘテロダイマーを形成し、同じDNA結合特異性を示します。
HIF-3aとIPASは同じ遺伝子座から、オルタナティブスプライシングで生成します。IPASはHIF-1aとヘテロダイマーを形成し、そのArntとの結合やDNA結合を阻害する因子として知られています。眼の角膜の血管形成を阻害し、その透明度を維持する生理作用が報告されました。
HIF-1aの活性化には翻訳後修飾が関与する
HIF-1aは通常酸素状態では、ターンオーバーが非常に速く、5分以下であることが知られています。低酸素状態では分解がとまり、安定化することによってそのタンパク量が増大するわけです。この急速なHIF-1aの分解には、ユビキチン依存性のタンパク質分解機構が関与していることが分かりました。N末端側の転写活性化ドメインを含む領域が酸素依存性分解ドメイン(ODDドメイン)として、このタンパク分解の感受性に必要な領域であって、ここがなければ分解は起きません。
驚くべきことに、がん抑制遺伝子の1種であるvon Hippel-Lindau遺伝子の転写産物(pVHL)がこの分解機構に働くE3ユビキチンリガーゼの基質認識サブユニットであることが解明されました。さらに、pVHLによるODDドメインの認識に、ODDドメイン中に存在する特定のプロリンの水酸化が必要であることが明らかとなりました。
この水酸化を触媒するHIF-1プロリン水酸化酵素(HIF-PH)は、ヒトでは3つのアイソザイムが存在し、2価の鉄イオンを非ヘム鉄成分として含んでいて、2-オキソグルタレートを要求します。HIF-PHはつぎに述べるFIHとともに基質として分子状の酸素を要求するので、実質的な細胞の酸素センサーと考えられています。
最近、pVHLとODDドメインの効率的な結合に、さらに特別なリジンのアセチル化が必要であることが報告されました。C末端側の転写活性化ドメインは、転写のコアクティベーターとしてCBP/p300が強く結合することが報告されていますが、FIHのアスパラギン水酸化酵素活性により、結合領域中のアスパラギン残基が水酸化され、それによってCBP/p300との結合が、損なわれることがわかりました。
このように、HIF-1a(HLFも同じ修飾を受けると考えられています)は多くの翻訳後修飾を受けその安定性や、転写機能が変化します。下の図に活性化のメカニズムを示しました。上記の修飾以外にもMAPキナーゼによるリン酸化や、リン酸化酵素は不明であるが、C末端側の転写活性化ドメインのリン酸化が報告されています。さらに、HIF-1はp53とも相互作用し、アポトーシスとの関連が報告されています。
このように、多くの翻訳後修飾がHIF-1aとHLFに働き、巧妙にハイポキシアによる遺伝子調節が行われています。HIF-PHやFIHが酸素センサーとして注目されていますが、厳密な証明はまだのように思われます。また、これらの修飾酵素の活性調節機構や修飾酵素間の相互作用などこれからの問題も多いのが現状です。固形がんへの血管新生や脳梗塞、心筋梗塞などの疾患と低酸素に応答する遺伝子調節とは密接な関係があって、今後更なる深い研究が必要な分野です。