光合成の生理生態学講座

光阻害

 

はじめに(200107 07)

光阻害とは?(200107 07)

光阻害のメカニズム(200604 22)

光阻害からの回復(200605 15) 

光防御(200606 06)

 光呼吸(200108 31)

 State transition (200109 15)

 熱放散 (200112 02)

 キサントフィルサイクル(200110 01・200112 02改変)

 Water-water サイクル(200110 08)

 water-water cycleの有効性(200111 08)

 光化学系Iにおける循環的電子伝達

 光化学系IIにおける循環的電子伝達

 不活性化された光化学系IIによる熱放散(200110 19・200209 21追加)

光化学系Iの光阻害

 光化学系Iの光阻害の発見(200111 16)

 光化学系Iの光阻害が起こる条件(200111 22)

 光化学系Iの光阻害のメカニズム(200111 22)


はじめに

 

植物は日々の糧?を光合成によって得ます。光合成には光が不可欠なので、植物が生きていくためには光が必要、ということになります。しかし、植物にとっては、光があればそれでハッピーというわけでもないようです。室内で育てた観葉植物をいきなり強い光にさらして、葉を枯らしてしまった経験をしたことがある人は、・・・そんなに多くないかもしれませんが、まあ、植物に光を当てすぎるとよくないことが起こることがあります。過ぎたるは及ばざるがごとし、ってやつですかね。

 強すぎる光によって光合成系が傷害を受けることを光阻害といいます。近年わかってきたことは、強すぎなくても実は光は植物にとって危険なもので、この危険を回避するために植物は様々な努力をしている、ということです。ここでは、光阻害と、光阻害を起こさないための防御機構について書きます。

 光阻害は主として光化学系IIに起こりますが、光化学系Iでも起こることが知られています。ここでは主として光化学系IIの話をすることにし、光化学系Iの話は最後に少しふれることにします。


光阻害とは?

 

まずは光阻害(photoinhibition)の定義から書くべきでしょう。光阻害は、一般には「可視光により引き起こされる、(色素崩壊とは無関係な)光合成能力の低下」と定義されています(Powles 1984)。あえて「可視光」とあるのは、紫外線照射による光合成系の傷害とはメカニズムが違うことを意識しているのだと思います。「色素崩壊」というのは要するにクロロフィルが分解されてしまうことなのですが、どういう状況だと色素崩壊が起こりやすいとか、そもそも、光阻害を起こさずに色素崩壊を起こすことがあり得るのか、私はあいにく知りません。

 以上のような定義だと簡単なんですが、光阻害には2種類あるとする定義もあります。Osmond (1994) は「dynamic photoinhibition」 と「chlronic photoinhibition 」という二つの光阻害を分けて考えるべきだと提唱しています。あいにく原著は読んでいませんが、彼がいうdynamic photoinhibition とは、熱放散による量子収率の低下(non-photochemical quenching)などのことのようです。熱放散やnon-photochemical quenching については後で詳しく説明します(こちらでも少し説明しています)。私の解釈ではこれは「光阻害」ではなく、「光阻害に対する防御」であり、「阻害」という言葉を使うのは不適当ではないかと考えています。また、Powlesの定義に照らし合わせると、dynamic photoinhibition は光合成速度の低下の原因とは限らないことを指摘できます。多くの生化学者は熱放散が起こっているために量子収率が下がる、という言い方をしますが、熱放散が起こるような条件では、光化学系IIの電子伝達速度は、そこより下流(チトクロムb/fとか)での電子伝達能力に律速されています。下流による律速→光化学系IIの量子収率低下→過剰エネルギーを散逸させるために熱放散、というふうに考えると、熱放散は「光阻害」ではないことになり、chronic photoinhibition だけが「光阻害」に該当します。以上は私の個人的な意見ですが、このページでは私の見方を書くことにしているので、Powlesにしたがい、Osmondがchronic photoinhibition と呼んでいるものだけを光阻害と見なします。

 今後Osmondの定義がメジャーになるのかは私にはわかりません(私は抵抗しますが)。とりあえず、2種類のphotoinhibitionを定義する研究者がいることは、これから光阻害の研究をする人は知っておいたほうがいいと思います。


光阻害のメカニズム

 

 光阻害のメカニズムは未だ明らかではないようです。光をあてないと起こりませんから、光が原因であることは間違いないのですが、光が光化学系IIに対してどのような作用をし、どこを破壊するのか、すらまだわかっていません。

 光合成では、光エネルギーがクロロフィルなどの色素によって吸収され、チラコイド膜のタンパク質などによって化学エネルギー(ATP・NADPH)に変換され、CO2の固定に使われます。古くから、光阻害は、吸収されたエネルギーがCO2固定などで消費しきれないときに起こると考えられていました。つまり、過剰なエネルギーの蓄積が光化学系を壊すと信じられていたわけです。しかし、近年はそうではないとする説もあります。ここではいくつか紹介します。

1)電子受容体側(accepter side)説

 まずはこちらのページで光化学系IIのおおざっぱな構造を理解して下さい。ポイントは光化学系II内の電子伝達系とD1タンパク質です。通常(それほど光が強くないとき)には、クロロフィルから反応中心(P680)に励起エネルギーが伝達され、P680から電子がpheo→QA→QBサイトのプラストキノンという順に伝達されます。プラストキノンは光化学系IIから電子を受け取ると、チトクロムb/f複合体に電子を伝達します。

 光が強くなるにしたがい、電子伝達速度も増加します。光化学系IIの電子伝達能力は非常に高く、かなり光が強くなってもプラストキノンに電子を伝えることができます。しかし、プラストキノンの下流の電子伝達能力(あるいはもっと下流のカルビンサイクルによるエネルギー消費能力)は光化学系IIほど高くはありません。光が強くなりすぎると、電子を持ったプラストキノン(プラストキノール)が多くなり、電子を持たないプラストキノンは少なくなります。光化学系IIは電子を渡す相手がいなくなってしまいます。こういうのを「過還元状態」というようです。

 過還元状態ではP680はエネルギーレベルが高い電子を受け取り、「励起三重項クロロフィル分子」というのになります(P680の本体はクロロフィルaだと考えられています)。この励起三重項クロロフィル分子は酸素に励起エネルギーを渡し、「一重項酸素」というのを作ります。一重項酸素は活性酸素の一種で、手当たり次第に周囲の分子を酸化してしまうという性質を持ちます。光阻害では、この一重項酸素が反応中心を破壊することによって光化学系IIが傷害を受けると考えられています.

 と、一気に書きました。が、この一連のスキームが現在どこまで確かになっているのか、私はよく知りません。私のこの項についての情報は主にAro らの総説(Aro et al. 1993b) と現福山大の浅田浩二先生の日本語総説(浅田 1999)なのですが、Aro が総説を書いた時点では一重項酸素の関与はあくまでも「可能性が高い推測」にとどまっているようです。

2)電子供与体側(donor side)説 

 Mnクラスターからチロシンzへの電子伝達が追いつかなくなり、チロシンからP680に電子がわたらなくなり、これがP680の破壊につながるらしいです。下流(acceptor-side)からの不活性化のスキームは酸素がないと起こりません(だから活性酸素が関わると考えられている)が、後者は酸素がなくても起こるようです。Aroらは、上流からの不活性化は強い光でも弱い光でも確率的に起こる、と書いています(Aro et al. 1993b) 。

 上流からの不活性化は酸素がないと起こらない、と書きましたが、正確には、酸素がなくてもクロロフィルの三重項化までは起こります。しかし、P680が破壊されることはありません。再び光を弱くすると、光化学系IIの機能は復活するようです。

3)マンガンクラスター説

 最近提唱されている説です(Hakala et al. 2005)。上に書いた二つの説は、クロロフィルが吸収して光合成に使い切れなかったエネルギーが何らかの形で悪さをする、ということが想定されていますが、この説では光合成によるエネルギー消費と光阻害が無関係、さらにクロロフィルが吸収したエネルギーと光阻害が無関係であるさえと考えています。根拠は、光化学系の修復を止めた場合(修復については後述)、光化学系が壊れる速度(正確には速度定数)は、光強度に比例するという事実です(Tyystjarvi and Aro 1996)。どういうことかというと、光阻害における光化学系IIの破壊の程度が光量子数にのみ依存するということです。別の言い方をすると、例えば100μmol m-2 s-1の光を10時間照射することと1000μmol m-2 s-1の光を1時間照射することが光化学系IIにとって同程度の影響を及ぼすということです。この現象は上記二つの説と反します。上記二つの説では、光が弱いときは光合成系によるエネルギー消費が大きいため、エネルギー過剰の状態(例えば過還元状態)にはなりにくくなるはずです。つまり一つの光量子が光阻害を起こす確率が光強度によって変化し(強光ほど光阻害を起こしやすい)、その結果光阻害速度と光強度の関係は比例以上のものになるはずです。光阻害速度と光強度が比例するということは、光合成によるエネルギー消費と光阻害が無関係であることを示唆するわけです。

 そこでHakalaらが説として挙げたのは、クロロフィルではない別の物質、Mnクラスターが光によって壊れるのではないか、ということです。Mnクラスターは光を吸収するとある確率で壊れる。そう仮定すれば、光阻害が起こる速度と光強度の関係が比例していること、光阻害速度が光合成速度と無関係であることをうまく説明できます。ただ、この説がどこまで正しいのか私は知りません。


光阻害からの回復

 

 P680が破壊された光化学系IIは、そのままでは機能を回復しません。いったんダメージを受けた光化学系IIからはD1タンパク質が取り除かれ、新たなに合成されたD1タンパク質が挿入されることで機能が回復します。ここではそのステップを書いてみましょう(といっても、やや古い情報かもしれませんが)。

 ダメージを受けたD1タンパク質は、タンパク質分解酵素によって分解されます。この分解は、セリンタイプのタンパク質分解酵素の阻害剤で阻害することができます。また、分解酵素は光化学系II自身の中に、複数種あることがわかっています。近年少なくとも2つのタンパク質分解活性を持つサブユニットの遺伝子が明らかになっているようです。10年ほど前には、CP47というサブユニットが分解活性を持つのではないか、と考えられていたようですが、今では否定的に考えられているようです。

 D1タンパクがなくなった光化学系IIはばらばらになるわけではなく、D1タンパクを失ったままでチラコイド膜上を移動します。普段光化学系IIはappressed region(グラナスタッキングにおいて、チラコイド膜とチラコイド膜が重なっている部分)に存在していますが、D1タンパク質を失った光化学系IIはnon-appressed region(ストロマに面している部分)に移動します。ここでD1タンパク質が挿入されます。

 D1タンパク質の遺伝子(DNA)は葉緑体に存在します。ただし、D1タンパク質の再合成においては、転写からタンパク合成が始まるのではなく、すでに葉緑体内にmRNAのプールが形成されています。D1タンパク質が分解されると、これがシグナルとなり、D1タンパク質の翻訳が始まるようです。

 D1タンパクが新たに挿入されると、光化学系IIはappressed regionに移動し、また元のように電子伝達を行うようになります。

 D1タンパクの分解〜合成は非常に高い速度で起こります。D1タンパク質は植物中で最もターンオーバーが速いタンパク質として知られており、普通に光が当たっている状態では、1〜2時間もあれば半分のD1タンパク質が入れ替わってしまいます。ターンオーバーの速度は同一種でも生育環境によって異なり、陽葉で高いことなどがわかっています。生育条件の影響は別に書きたいと思います。

 さて、上の光阻害のメカニズムで紹介したMnクラスター説が正しいとすると、クロロフィルが吸収した光エネルギーは光化学系の破壊には関係ないことになります。ではクロロフィルが吸収したエネルギーは光阻害に全く関与しないのか?というと、そうではありません。以下で述べるように、クロロフィルが吸収したエネルギーの大半は光合成で利用されるか、熱として安全に放散、消去されますが、消費しきれなかったエネルギーは何らかの形で活性酸素の生産に結びつくと考えられています。かつてはこの活性酸素が光化学系IIの破壊につながると考えられていたわけですが、近年、こうして生じた活性酸素が光化学系IIの修復を阻害することが示されています(Nishiyama et al. 2001)。つまり、どのようなメカニズムが介在するにせよ、余ったエネルギーが光化学系IIにとって良くないことは確かなようです。


光防御

 

 エネルギー保存の法則、というのがあり、吸収したエネルギーは必ず何らかの「仕事」をします。光合成に利用できているうちはいいのですが、光合成の能力には上限があり、光合成が飽和してしまえば、それ以上光を強くするとそれはすなわち余剰エネルギーとなります。それが光阻害を引き起こすにせよ光化学系IIの修復を阻害するにせよ、植物にとって余剰エネルギーが増えることはいいことではありません。それを防ぐために、植物は様々な方法で吸収したエネルギーを消費し、安全に散逸させ、悪影響を及ぼさないようにしています。こういった役割を光防御(photoprotection)といいます。葉の角度を変えることや葉緑体を動かして強光を避けることも光防御の一種ですが、ここではクロロフィルが吸収したエネルギーを放散させる系について書きます。

 

 光呼吸

 

 光呼吸を光防御の一つと呼んでいいのかどうかは少し疑問が残ります。しかし、光呼吸によるエネルギー消費が余剰エネルギーの生産回避に大きく役立っていることは間違いありません。Farquharのモデル(こちら)を使って計算してみると、通常大気条件・25度では、光合成で消費するエネルギーの25〜30%に相当するエネルギーを光呼吸が消費しています。

 また、乾燥条件では光呼吸が存在するために消費エネルギーが大きくなります。乾燥条件では気孔が閉じてしまうことがあります。気孔閉鎖により外界からの二酸化炭素濃度拡散がない場合、葉内の二酸化炭素濃度は、二酸化炭素補償点(二酸化炭素吸収が0になるような二酸化炭素濃度)まで下がってしまいます。二酸化炭素補償点では、二酸化炭素吸収はありませんが、これは光合成が行われていないわけではなく、光合成による二酸化炭素吸収と光呼吸による二酸化炭素放出がつりあった状態になっています。つまり、二酸化炭素補償点でも、エネルギー消費が起こっているのです。もし光呼吸がなければ、二酸化炭素補償点では光合成が起こりません。したがって、消費エネルギーがゼロになってしまうわけです。

 実際、光呼吸経路の酵素の発現を抑えた変異体では光阻害が起きやすいようです(Kozaki and Takeba 1996)。

 では、光呼吸は光防御のために存在するのでしょうか? 私はたぶん違うと考えています。この点は光合成研究会会報で論争になったことがあり、興味のある方はご覧下さい(この会報は、おそらく光合成研究者しか持っていません。21・22・23・25号をお探し下さい)。この論争で私が「光呼吸は光防御のために存在するわけではない」と主張した根拠は、1)oxygenationを持たないRuBPCaseのほうが、大気条件ではエネルギー消費能力が大きい(光呼吸をしなくてすむのなら、そのほうが消費エネルギーが多い)、2)光呼吸のエネルギー消費能力は環境条件によって一義的に決まるので、悪環境回避機構としては融通が効かないと解釈できる(光防御が必要ないときにも起こってしまうし、必要に応じて消費速度が高くなると限らない)、ということです。また、C4植物がほとんど光呼吸をしないということも、光呼吸がなくても植物がやっていける証拠と言えます。植物は光呼吸をしたくないけれども、oxygenationを回避できないので止むを得ず光呼吸をしている。どうせしているのなら、光防御に利用しようか、というところではないでしょうか。

 

 State transition

 

State transition というと一般名詞のようですが、この分野では、光化学系IIにくっついているLHCIIの一部が光化学系Iに移動することをいいます。光化学系IIが吸収する光が過剰になり、かつ光化学系Iが光不足になっている場合、プラストキノンは光化学系IIからは電子を受け取っても、下流に電子を流すことができなくなります。そうすると過還元状態になり、光阻害が起こりやすくなります。このとき光化学系IIにくっついているアンテナクロロフィルをLHCIIごとはずし、光化学系Iに回せば、光化学系IIの光過剰状態を減らし、光化学系Iの電子伝達速度を上げることにより、プラストキノンプールの過還元状態を回避することができます。

 この現象は比較的古くから知られていて、LHCIIが移動するときにはリン酸化が起こること、リン酸化されるLHCIIの割合はプラストキノンプールの還元状態に依存する(還元的なときほど起こる)ことなどが明らかになっているようです(Allen et al. 1981)。光が強いときほどプラストキノンプールは還元的になりますから、強光ほど起こりやすいと考えられていました。事実、in vitro実験(たぶん、単離チラコイド膜を使用)ではそうでした。このため、光防御の話をするときには、state transition が防御機構の一つとして紹介されることが多いようです。

 ただ、私が気になっていたのは、state transitionについての研究は生化学レベルのものが多く、実際に生きている植物でどれだけ起こっているのかとか、どれだけ光防御として役立っているのか、とかいう生理学・生態学レベルの話があまりなかったことでした。うちの研究室でも光阻害・光防御の研究を始めていましたので、どれだけ意味のある現象なのかは、我々にとっても重要だったのです。ある日私は、state transition についての短いレビューを見つけ、軽く読んでいました。そこで私は仰天しました。そこには、in vivo(生葉)とin vitroではLHCIIのリン酸化の起こり方が違うこと、in vivo では光が弱いときにしかリン酸化が起こらないということが書いてありました(Haldrup et al. 2001, 原著はRintamaki et al. 1997)。蛍光測定のデータを見ても、state transition が光阻害回避に有効なようには(私には)思えません。

 ということで、state transitionは、少なくとも普通の葉っぱレベルでは光防御機構としては機能していないと考えていいのではないでしょうか。と書きましたが、最近Plant Cell and EnvironにState transitionがin vivoで起こっていることを示唆した論文が出たらしいのですが、まだ読んでいません。

 

 熱放散

 

励起エネルギーが電子伝達に利用できない条件では、エネルギーの多くは熱となって放散されます。この放散は、自然に起こるのではなく、あるメカニズムによって積極的に放散されると考えられています(弱光下で放散が起こると、光合成に利用されるエネルギーが少なくなってしまう)。

 熱としてエネルギーが放散される様子は、一般にはクロロフィル蛍光の測定によって感知することができます。葉に瞬間的に強い光(フラッシュ)を当て、光化学系II反応中心からの電子受容体を全て還元(電子を持っている状態)します。すると、励起エネルギーは行き場がなくなり、クロロフィル蛍光の増大が見られます(Fm)。しかし、熱放散が行われるようになると、フラッシュのエネルギーは熱になる割合が多くなるため、クロロフィル蛍光の増大が小さくなります(Fm')。このクロロフィル蛍光の低下をnon-photochemical quenchingといい、熱放散の能力はFmとFm'の違いによって評価されます。ただし、光阻害やstate transitionが起こってもFm'は低下するので、注意が必要です。詳しくはこちらをご覧下さい。

 熱放散のメカニズムは必ずしもよくわかっていません。in vitro実験では、チラコイド膜内外のプロトンの濃度勾配が大きくなると熱放散が起こることがわかっています。直接熱放散にかかわる物質として、キサントフィル類のゼアキサンチンが主要な役割を担っていることはわかっていますが、高等植物の場合、ゼアキサンチンを作れない突然変異体でも多少は熱放散を行うことができるので、他の物質も関係していると考えられています(Niyogi et al. 1998)。緑藻クラミドモナスではゼアキサンチンとルテイン(カロチノイドの一種)が半々くらいかかわっていることを示唆する結果が得られています(Niyogi et al. 1997)。

 

 キサントフィルサイクル(熱放散)

 

上にも書きましたように、キサントフィルは熱放散で主要な役割を果たしていると考えられています。キサントフィルサイクル、と書くと、キサントフィル系の物質がぐるぐる形を変えながら回っている間にエネルギーを放散するのか?と勘違いしたくなりますが(私はしました)、違います。キサントフィルはカロチノイドの一種で、キサントフィルにもさらに数種類あります。「サイクル」というのは、キサントフィルが条件によってビオラキサンチン−アンテラキサンチン−ゼアキサンチンの3種類に変化することをいいます。暗条件ではほとんどがビオラキサンチンになっていますが、吸収光が過剰になり、チラコイド膜内外のpH勾配が大きくなり、ルーメン側のpHが低くなると、ビオラキサンチンからアンテラキサンチンを経てゼアキサンチンが合成されます。これがデポキシ化と呼ばれます。これは、チラコイド膜のルーメン側に存在するビポラキサンチンデポキシ化酵素がpH低下によって活性化されるためです。再び暗条件にすると、またアンテラキサンチンを経てビオラキサンチンが合成されます(エポキシ化)。これをキサントフィルサイクルと言います。

 上にも書きましたように、高等植物ではゼアキサンチンが熱放散を中心的に行っていると考えられています。実際、熱放散の指標として用いられるqNやNPQといったパラメータがゼアキサンチン+アンテラキサンチンの量と高い相関があることなどが観察されています(Demmig-Adams et al. 1995, Demmig-Adams and Adams 1996)。

 キサントフィルサイクルが非常に優秀な点は、光が過剰なときにのみゼアキサンチンが形成される点です(例外はあるようですが)。したがって、弱い光のときには光合成の効率を下げることがなく、強い光のときにのみ光防御としてはたらくことができます。

 キサントフィルは光化学系IIに結合しています。ゼアキサンチンがどのように熱放散を促進するかはまだよくわかっていないようです。レビューはGilmore (1997) などをご覧下さい。

 

 Water-water サイクル

 

 直訳すると水−水回路ですか。浅田回路 (Asada cycle) のほうがわかりやすいと思うんですが(浅田浩二先生-現福山大-のグループがこのサイクルの発見に大きく寄与したので、こう呼ぶ人もいらっしゃるようです)。

 こちらは正真正銘ぐるぐる回ることによってエネルギーを消費する回路で、エネルギーを使って水を分解して水を生産するという、一見「無駄」なだけの回路です。もちろん無駄使いするための回路ではなく、エネルギーが余ったときにエネルギーを消費することにより光阻害を回避するための機構と考えられています。

 この回路の発見のスタートは古く、1951年までさかのぼります。その前にHill反応から説明しないといけません。葉をすりつぶしてバッファに縣濁した液に光を当ててもCO2吸収もO2発生も起こりません。しかし、ある種の酸化剤(フェリシアン化カリなど)を加えると、酸素発生のみが起こるようになります。これをHill反応といい、Hill反応を起こさせる酸化剤をHill酸化剤といいます。今では、Hill反応は、電子伝達系路において、水から光化学系I(+酸化剤の還元)までの経路の電子伝達反応であることがわかっています。1951年に、Mehlerさんという人が、酸素それ自体がHill酸化剤になることを発見しました(メーラー反応。文献は知りません)。ただし、そのときはそれで終わってしまったようです。

 酸素が電子伝達系から電子を受け取ると、スーパーオキサイドアニオンというのになります。これは活性酸素の一種で、これ自体にはそれほど強い害はないのですが、放っておくと、過酸化水素やヒドロキシルラジカルのような非常に害の強い活性酸素種に変化します。そこで、こういった活性酸素を消去する系があります。活性酸素が消去されるとできたものは水になります。水を分解して、水を作る、というわけです。

 それでは反応経路を見てみましょう

H2O → 4e- + 4H+ + O2

これは光化学系IIでの水分解です。

2O2 + 2e- → 2O2-

これがいわゆるメーラー反応ということになります。O2-がスーパーオキサイドアニオンです。この反応は光化学系Iの鉄硫黄センター・フェレドキシンNADP酸化還元酵素・モノデヒドロアスコルビン酸ラジカル還元酵素(MDAR)の3箇所で起こるとされています。

2O2- + 2H+ → H2O2 + O2

H2O2は過酸化水素です。この反応はスーパーオキサイドジスムターゼ(superoxide dismutase)という酵素が触媒します。この酵素はSODと略され、植物だけでなく、動物でも活性酸素消去にはたらきます。

H2O2 + 2アスコルビン酸→ H2O + 2モノデヒドロアスコルビン酸ラジカル

過酸化水素も活性酸素の一種で、消去する必要があります。一般の細胞では活性酸素の消去にはカタラーゼの類がはたらきますが、葉緑体内にはカタラーゼがなく、かわりに、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)が上の反応を触媒して消去します。この反応で水ができ、無事活性酸素が消去されます。

2モノデヒドロアスコルビン酸ラジカル + 2e- + 2H+ → 2アスコルビン酸

ただし、ラジカルは消去しなければいけません。残ったラジカルは還元力を使って消去されます。この反応はフェレドキシンもしくはMDARが触媒するようです。

 ということで、この反応では、一分子の水を分解してできた4電子(還元力)のうち二つをメーラー反応で、もう二つをラジカルの消去に使い、水を作ります。エネルギーの消費があるにも関わらず、物質の出入りが正味無いという、余剰エネルギー消費系としては優れた系であると思われます。しかし実は、電子伝達が回っているので、ATP合成は起こっています。

 この系のしくみについては、詳しくはAsada (1999) をご覧下さい。

 

 Water-water cycleの有効性

 

 Water-water cycleが光防御としてどれだけ有効なのかは、近年ようやくあきらかになりつつあります。何しろwater-water cycleでは物質の出入りが全くないので、in vitroはともかくin vivoの速度を直接測定するのは極めて困難です。私が知っている限りでは、in vivoでwater-water cycleの速度あるいは能力の測定を試みたのは3例です。初めて示したのはおそらくLoreto et al. (1994) です。彼らはコムギ葉を材料とし、その光合成速度をガス交換で、電子伝達速度をクロロフィル蛍光から測定しました。さらに、グリセルアルデヒドを葉に吸わせてカルビンサイクルを阻害しました。グリセルアルデヒドは電子伝達系を阻害しません。グリセルアルデヒドをかませると、ガス交換で測定した光合成速度はほぼ0になりますが、電子伝達速度は0にはならず、コントロールの約20%の速度となります。このとき電子が全てO2に流れているとすると、water-water cycleは光合成速度の能力の2割に相当するエネルギー消費能力を持つことになります。Park et al. (1996) は異なる気相で光阻害の程度を測定することでwater-water cycleの、光防御機構としての能力を推定しました。電子伝達のエネルギーが光合成・光呼吸・water-water cycleのいずれかに分配されると考え、余ったエネルギーが光阻害を引き起こすと考えます。光合成はCO2濃度ゼロにするととめることができます。光呼吸も酸素濃度を2%まで落とすとほとんど止めることができます。しかし、Mehler反応は2%以上のO2では速度に影響を受けないことがわかっているようです。したがって、0%CO2、2%O2でのはwater-water cycleが起こるが、光合成と光呼吸が止まっている、という条件になります。0%O2ではもちろんMehler反応も止まりますので、0%CO2、2%O2での光阻害と、0%CO2、0%O2での光阻害を比べると、water-water cycleの防御能力を見積もることができます。この結果から、Parkらはwater-water cycleの防御能力は光呼吸の防御能力に匹敵することを示唆する結果を得ています。ただし、Parkの実験では、water-water cycleが止まる条件では暗呼吸も止まってしまうので、water-water cycleの能力のみを見ているのかはかなり疑問があります。

 実はLoretoの結果もParkの結果も、光合成と光呼吸へのエネルギー分配を止めたときの結果を見ているので、water-water cycleの防御能力の最大値を見ているだけです。現実の条件でどれだけ役に立っているのかは、現実の条件でのwater-water cycleの速度を測定する必要があります。Miyake and Yokota (2000) はガス交換とクロロフィル蛍光測定を組み合わせて、通常の条件でwater-water cycleがどれだけ起こっているのかを検討しました。この研究では、電子伝達速度と光合成速度を異なるCO2濃度・O2濃度で測定することにより、難しい計算を経て、葉内CO2濃度・光合成・光呼吸・water-water cycleの速度を推定するということをしています(自分の経験で言うと、これは相当精密な測定が必要です)。この結果によれば、通常大気・強光下ではwater-water cycleは電子伝達が生産した還元力の約8%を消費しているという結果です。ただし、この消費割合は、光合成速度が低くなる低CO2濃度ではもっと高くなり、CO2補償点付近では18%くらいまで上がるという結果を示しています。悪条件での光阻害回避機構としては有効といえそうです。

 

 光化学系Iにおける循環的電子伝達

 光化学系Iからの電子がNADPではなくプラストキノンを介してチトクロムb/f複合体に渡され、光化学系I近傍で電子がぐるぐる循環的に回ることがあることが知られています(循環的電子伝達という。Qサイクルとは別物)。このときプラストキノンによるプロトン輸送が起こるので、NADPH生産を行わずにATP合成を行うことができます。何らかの理由でATP要求量が高いときに起こると考えられています。もしstate transitionと組み合わせて、光化学系IIの受光量を減らして光化学系Iの受光量を増やし、光化学系Iでこの方法で光エネルギーを消費できれば、エネルギー散逸に有効である可能性があります。

 Munekage et al. (2002) はクロロフィル蛍光をモニタすることにより、熱放散機能が劣るシロイヌナズナ変異株を単離しました。この変異体はΔpH形成が不充分であるため熱放散が誘導できません。この変異の原因は、光化学系Iからプラストキノンへ電子を運ぶタンパク質の遺伝子欠損でした。このことは、非循環的電子伝達(水からNADPへの電子伝達)だけでは熱放散(キサントフィルサイクル)を誘導するために必要なΔpH形成を引き起こせないことを意味します。つまり、循環的電子伝達は熱放散を起こすためにルーメンの酸性化をし、光阻害回避にはたらいていると考えられます。

 

 光化学系IIにおける循環的電子伝達

 プラストキノンプールが過還元状態になり、かつP680が酸化されたままの場合、プラストキノン→チトクロムb559→アンテナクロロフィル→P680と循環することにより、酸化と還元のバランスを保つことがあるようです。

 

 不活性化された光化学系IIによる熱放散

 不活性化された光化学系IIは、電子伝達機能がないとはいえ、クロロフィルは持ち、光を吸収します。したがって、電子伝達以外の何らかの方法でエネルギーを放散していると思われます。さらに、不活性化された光化学系IIが活きている光化学系IIからエネルギーを奪い取って放散しているのではないかという説があります。Oquist et al. (1992) による説です。オーストラリア国立大のChowさんが数年とりくんでいて、傍証がいくつかあるようですが(Chow 1994, Lee et al. 2001)、メカニズムも存在もはっきりとはしていません。


光化学系Iの光阻害

 

 光化学系Iの光阻害の発見

 

光化学系Iの光阻害については私はちょっとした思い入れがあります。というのは、私が大学院生当時在籍していた研究室で光化学系Iの光阻害が発見されたからです(と言っても、私が発見に貢献したわけではない)。このコーナーは思い出話がてらに進行します。

 1990年頃、私の師匠である寺島一郎氏(現大阪大・理)はキュウリの低温障害の研究をしていました。キュウリはいわゆる低温感受性植物で、光があたっているときに5度とか10度とかいう低温にしばらくさらされると、光合成能力が低下します。寺島さんはそれまでに葉緑体ATPaseが低温で不活性化することを発見していました(Terashima et al. 1989, 1992a, b)。しかし、ATPaseは常温に戻すと復活するのですが、光合成能力は戻りません。したがって、何か別の部分も壊れているはずだ、ということになりました。いろいろ紆余曲折(いろいろ候補を挙げ、とにかく調べていく)を経た後、当時卒研生だった舟山さん(現大阪大・理)の測定がきっかけとなり、光化学系Iが不活性化していることが明らかになりました(Terashima et al.. 1994)。

 光合成低下の原因が光化学系Iの不活性化である、と聞いて、当時周囲にいた生化学関係の人々は皆意外な顔をしました。それまで、光化学系Iは強光に対しても安定であると考えられていたのです(生化学は専門ではない私でもその「常識」を知っていました)。光化学系IIはきわめて簡単に壊れますが、光化学系Iを人為的に壊すのはなかなか難しいのです。例えば、葉緑体を単離し、強光を当てることによって光化学系Iを不活性化することができます。しかし、不活性化を引き起こすためには、3000umol m-2 s-1といった自然界ではあまりないような光強度が必要で(Satoh 1970)、不活性化は事実としてはあっても、野外の植物で見られるようなものではないと考えられていました。

 低温傷害の研究が数多くあったにもかかわらず寺島さんだけが光化学系Iの光阻害を見つけることができた理由の一つは、光化学系Iの活性の測定法でした。光化学系Iの活性は、光化学系Iへの電子供与体(還元剤)と電子受容体(酸化剤)を与え、飽和光をあてて電子がどれだけ伝達されたかで測定します。寺島さんも最初の研究ではこの手法で光化学系Iの活性を測定し、光化学系Iの活性がそれほど低温の影響をうけないことを示していました(Terashima et al. 1989)。しかし、飽和光下での活性は光化学系Iにおける電子伝達能力を反映しますが、光化学反応そのものがだめになっているかどうかはわかりません。また、多くの実験では人工的な電子供与体・受容体を使うので、その効果を見てしまう場合があります。寺島さんたちは、電子受容体に生体反応での受容体であるフェレドキシンとNADP+を使い、さらに、光化学反応がどうなっているかを調べるために弱い光での光化学系I活性を測定しました。その結果、光化学系Iの光化学反応が低温に弱いこと・反応中心が破壊されてしまうことが発見されました。

 余談ですが、当初寺島さんはこの発見を「低温傷害」として発表するつもりでした。しかし共同研究者の園池公毅氏(現東大・新領域)が「(低温での)光阻害」として発表する案を思いつきました。同じ現象でも、どういう名をつけるかで印象が異なり、また、「低温傷害」と「光阻害」では、後者のほうが関連する研究者が多いため、インパクトが強いと読んだのです。事実、園池さんが思ったようにこの現象は広く受け入れられていくことになります。

 

 光化学系Iの光阻害が起こる条件

 

 光化学系Iの光阻害は、最近まで発見されなかっただけあって、そうそういつも起こるわけではありません。私が知る限りでは、低温感受性植物を低温+光にさらしたときにしか起こらないようです。暗黒下では起こりません。低温感受性植物でしか起こらない理由は、どうやら防御機構の状態に原因があるようです。Sonoike (1996) では、単離チラコイド膜(つまりin vitro)でも光化学系Iの光阻害が起こることを見出していますが、これはキュウリのような低温感受性植物だけではなく、ホウレンソウのような低温耐性植物でも起こります。しかしホウレンソウでは葉(つまりin vivo)にいくら低温・光照射をしても光阻害は起こりません。また、単離チラコイド膜での光阻害は、低温だけでなく、高温でも起こります。これらの結果から推察されることは、1)光化学系Iの光阻害はどんな植物でも、どんな温度でも起こりうる、2)光化学系Iの光阻害を防ぐなんらかの機構があり、この機構はチラコイド膜には結合していない、3)低温感受性植物では低温になるとこの機構がはたらかなくなり、光阻害が起こる、ということです(Sonoike 1995)。この防御機構は活性酸素消去系に関係しているのではないかと考えられています。というのは、無酸素下では光化学系Iの光阻害は起こらず、また、活性酸素を消去する薬剤を加えると、光阻害が若干抑えられるためです(Sonoike 1996a)。

 また、光化学系Iの光阻害が起こる条件の一つに、光化学系IIからの電子伝達があること、というのがあります(Sonoike 1996a)。DCMUなどの阻害剤で光化学系IIの電子伝達を止めると光化学系Iの光阻害は起こらなくなります。また、メチルビオロゲンなど、光化学系Iから電子を奪う酸化剤が存在するとやはり光阻害が起こらなくなります。これらの結果は、光化学系Iに電子供給があり、電子が奪われない状態、つまり光化学系Iに還元力が蓄積すると光阻害が起こるのだということを示しています。

 このことは逆に光化学系Iの光阻害が起こりにくい理由の一つでもあります。光化学系IIは、上に書いたように、比較的簡単に壊れます。あまりに簡単に壊れてしまうので、光化学系IIからの電子伝達が止まって光化学系Iが壊れないでいる、ということもありえます。園池さんは光化学系IIが壊れやすいのは光化学系Iを守る意味があるのかもしれない、ということを語っていました。

 

 光化学系Iの光阻害のメカニズム

 

 現在のところ光阻害が起こるスキームは以下のように考えられているようです。

1)光化学系Iに還元力が蓄積する(例えばカルビンサイクルが低温で抑えられているときなど)。

2)蓄積した還元力から活性酸素(たぶんスーパーオキサイド)が作られる。

3)普段は防御機構が活性酸素を消去しているが、防御機構が失活している場合はからヒドロキシルラジカルが作られる。

4)光化学系Iの電子伝達成分であるFA/FBやFXが破壊される(Sonoike and Terashima 1994, Sonoike et al. 1995)。

5)反応中心(P700)が破壊される。

6)PSI-B(反応中心複合体中心部の二量体の一つ)が分解される(Sonoike and Terashima 1994)。

ってとこですかね。光化学系Iの構造についてはこちらをご覧下さい。

 光化学系IIの光阻害と異なり、PSI-Bまで分解されるともう回復できないような話を昔聞きましたが、よく憶えていません。

 

 光化学系Iの光阻害については園池さんがいくつかレビューを書いていますので、それらをご覧下さい(Sonoike 1996b, 1998)。 


戻る