光合成の生理生態学講座

 栄養条件

 

はじめに

光合成系の応答 (200608 05改訂)


はじめに

 

光順化とか温度順化とかいう言葉はよく聞きますが、「栄養順化」という言葉はあまり聞きません。あってもいいと思うんですがねえ。個体レベルでは地上部/地下部比など様々な性質が栄養条件に依存して変化します。しかし、葉っぱレベルの変化は、少なくとも、光順化ほどは面白くない、と言ってもいいかもしれません。というわけで、この項はさらさら書き終わってしまおうと思います。なお、この項でいう「栄養」とは窒素栄養に限ります。他の栄養塩、例えばリンとかの影響は私はほとんど知りません。

 


光合成系の応答

 

栄養条件が悪くなると、葉の窒素含量が下がります。窒素を葉面積あたりで表しても、乾重あたりで表しても下がります。何度か書いた通り、葉の光合成能力は窒素含量に依存します。したがって、貧栄養条件では光合成速度が下がります(Osmond 1983, Evans & Terashima 1987)。

 光合成能力が下がる、という意味では貧栄養への応答と弱光への応答は似ています。しかし、葉緑体レベルで見ると大きな違いがあります。異なる光条件に順化した葉緑体にはそのタンパク質組成に大きな違いがあります(「光順化」参照)。しかし、栄養条件が違う場合は、その組成の変化が小さくなります。まず、チラコイド膜にあるタンパク質(光化学系I、II、チトクロムb/fなど)の量比はほぼ一定です(Evans & Terashima 1987, Terashima & Evans 1988, Hikosaka 1996)。しかし、全く変化がないわけではなく、RuBPCaseと他のタンパク質の間の関係は変化します。例えば、ホウレンソウではRuBPCase/chl比は富栄養ほど高くなります(Evans & Terashima 1987)。

 光環境に対する応答と栄養条件に対する応答の違いの意義はどう理解すればいいでしょうか? 単純には、葉緑体の「質」と「量」の問題と考えればいいかと思います。つまり、葉緑体のタンパク質組成変化は、本質的には光環境への応答として意味があります。光環境が変わると、葉緑体タンパク質の組成(質)と葉緑体の数(量)が変わります。しかし、栄養条件が変わったときは、葉緑体の「質」を保ったまま、「数」のみが変わるのだと考えればわかりやすいでしょう。栄養条件が良いと、葉緑体を作る材料が増える、というわけです。しかし、実際には組成比は全く変わらないわけではないので、この話はあくまで単純化されたものととらえて下さい。

 なぜRuBPCase/chl比が富栄養で高くなるのかはまだわかっていません。Evans & Terashimaは以下のような仮説を出しています。それは、「富栄養条件でのRuBPCaseの効率低下の補償」です。まず、実験事実として、RuBPCaseあたりの光合成速度は、RuBPCase含量が多い葉ほど低くなる傾向があります(光合成能力をRuBPCase含量に対してプロットすると、直線ではなく、飽和型の曲線になる; Evans 1983, Evans & Terashima 1988, Makino et al. 1988, Hikosaka 1996, Hikosaka & Terashima 1996。しかし、ならない場合もある; Hikosaka et al. 1998a)。しかし、チトクロムfなどの電子伝達系タンパク質と光合成能力の関係はほぼ直線です(Terashima & Evans 1988, Hikosaka & Terashima 1996)。したがって、高い光合成能力を持つためには、RuBPCaseを相対的に多く持つ必要があります。バランスをとるために、RuBPCaseが多い、というわけです。

 では、光合成能力とRuBPCase含量の関係はなぜ直線ではないのか、という疑問が残ります。Farquharらのモデル(Farquhar et al. 1980)に基づけば、両者の関係は直線になるはずです(「二酸化炭素と光合成」参照)。現在、二つの考えがあります。一つは、RuBPCase量が多いのは窒素の貯蔵が目的であり、全てが光合成に使われているわけではない、という考え方です(Warren and Adams 2003)。これは、RuBPCase含量が多い葉ほどRuBPCaseの活性化率が低い、つまり使われていないRuBPCaseの割合が増えることなどから示唆されています(Cheng and Fuchigami 2000)。しかし、ホウレンソウではRuBPCase不活性化率はRuBPCase含量に依存しないにもかかわらず光合成能力とRuBPCase含量の関係は曲線になります(Evans & Terashima 1988)。このことから活性化率で全て説明できるわけではないと考えることができます。そこでもう一つの考え方ですが、Evans & Terashima (1988) は、RuBPCase含量が高い葉は、葉緑体での二酸化炭素濃度が低くなるのではないかと考えました。二酸化炭素濃度が下がると、carboxylation活性が下がり光呼吸が増えるため、光合成速度/RuBPCase比が下がります。栄養条件によって葉内の二酸化炭素拡散コンダクタンスが変わらない(コンダクタンスが変わらずに光合成速度が上がると、葉緑体内のCO2濃度が下がる−「二酸化炭素の拡散」参照)、という仮定をおくと、この傾向がよく説明できました。そこで、葉緑体の二酸化炭素濃度を測定してみよう、という話になり、研究が行われました。しかし、測定しては見たものの、実際にはRuBPCase含量とコンダクタンスは比例関係にあり、RuBPCase含量が高い葉で葉緑体CO2濃度が低い、という証拠は出されていません(Evans et al. 1994)。Evansは葉緑体CO2濃度の仕事を続けているようですが、RuBPCase含量と葉緑体CO2濃度の話は最近はしてません。うやむやになっている感じです。

 仮に葉緑体CO2濃度が高RuBPCase含量の葉で低かったとしても、それで全て解決できるとは限りません。というのは、私が95年に作ったモデル(Hikosaka & Terashima 1995)では、高RuBPCase含量の葉で葉緑体CO2濃度が低いことを暗に仮定していますが、この仮定のもとで最適な光合成系のタンパク質分配を計算すると、同じ光条件なら、窒素含量が高いほどRuBPCase/chlが高いことは説明できますが、チラコイド膜のタンパク質間で組成比が変わらないことを説明できません。特に、chl a/b比は窒素含量が少ないほど高くなる、という傾向が予測されています(どうしてこうなるかの説明は省きます)。実際のchl a/b比は栄養条件によっては変化しないという結果が主流です。(例えばTerashima & Evans 1988, Hikosaka 1996)。モデルの予測とは逆に、Thompson et al. (1992)では富栄養ほどa/b比が高くなります。貧栄養でa/b比が高くなるという例はたぶん少なく、論文を書いている当時は見つけられませんでした。わずかに、北島薫さんのデータがあるくらいでした。それで、学会発表のアブストラクトを引用させてもらいました(後に発表:Kitajima et al. 2003)。どうして仕事によってa/b比の応答が違うのかは今のところよくわかりません。Pons & Bergkotte (1996) は湿度が違うとa/b比が変わってしまうというデータも出しているので、ひょっとすると栄養条件以外の何かが影響したのかもしれません。


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