光合成の生理生態学講座

律速

 

はじめに (200511 06)

律速とは (200511 06)

光合成の律速 (200511 06)


はじめに

光合成速度の高低はその速度を測定する条件によって変化します。その変化がどのようなしくみで起こるのかがこの「光合成速度の環境応答」の主題です。ここでは速度変化の理解に不可欠な「律速」という考え方について書きます。


律速とは

 

律速(りっそく)という言葉は、光合成や成長など、複数の反応段階からなる過程(プロセス)が進む速度を決めている要因が何かを考えるときに使います。例としてある化学反応過程を考えましょう。この過程では基質Aが中間代謝産物Bを経て生成物Cに変化します。AからBへの潜在的な反応速度(反応の基質-ここではA-が充分ある場合の速度)が1g/秒、BからCへの潜在的な反応速度が10g/秒であるとすると、AからCへの速度はどうなるでしょうか? 答えは1g/秒です。いくらB→C反応の速度が速くても、Bが供給されなければ反応は進みません。結局のところ、直列の化学反応過程では、反応速度はその中の最も遅い段階によって決まります。このときA→Bの反応段階が全体の反応を律速している、というように言います。

 律速を理解するための例え話はいくつかあります。古くから使われているのは樽の例えです。この例えでは、一つ一つの反応段階を樽を構成する板に、樽が溜めることができる水の量を全体の反応速度に例えます。いくら他の板が長くても、一枚でも短い板があれば溜めることのできる水量は少なくなります(下図)。私はよくベルトコンベアを例に使うのですが、わかりやすいかどうか最近疑問です。

講義で使っている図。ベルトコンベアのアニメーションも使っているが、評判は特にない。

 「律速」は文字通り「速度を律する」という意味ですが、日本語では見慣れない言葉です。一方、英語ではlimitationで、特に珍しい言葉ではありません。日本人が「律速」という言葉を使うときには、その言葉にいろいろな背景がつまっている場合が多いのですが、英語ではそうではないようです。語源はなんなのでしょうね


光合成の律速

 

 光合成研究では、(同一葉の)光合成速度の環境応答変化を理解するために使われます。重要な着眼点が二つあります。一つは、速度変化をもたらす環境要因(律速要因)が何か。もう一つは、速度変化をもたらす反応段階(律速段階)が何か、です。

 ある環境条件の小さな改善が光合成速度の増加をもたらせば、その環境条件が律速要因で、例えば「その環境条件が光合成を律速していた」という言い方をします。また、そのとき光合成を律速していた反応段階を律速段階と呼びます。光強度を例にとると、光が弱いときには光合成速度と光強度の間には直線の相関があります。これは光強度が律速要因であることを示唆します。このときの律速段階は光化学反応です(もっと細かく言うと、クロロフィルの光吸収)。一方、ある程度光が強くなると、光合成速度は変化しなくなります。このとき「光合成は光飽和している」といいます。また、このとき光強度は律速要因ではなく、光化学反応も律速段階ではありません。

 以上の説明は比較的わかりやすいものだと思いますが、現実の光合成速度の応答はもっと複雑です。例えば、光飽和しているときの光合成速度は様々な要因の影響を受けます。CO2濃度が上がれば上がるし、温度や湿度によっても左右されます。「ある環境条件の改善が光合成速度の増加をもたら」す場合を全て律速要因と考えると、「光飽和状態ではCO2濃度と温度と湿度が光合成速度を律速している」と結論してしまうことになります。この結論は正しい場合もありますし、(間違っているとはいわないが)妥当でない場合もあります。ややこしいのは温度の扱いで、酵素が触媒する反応であれば温度依存性があるのが普通です。ですから、上の使い方では温度はほとんど常に律速要因であることになります。そこで私は「広義の律速」と「狭義の律速」と使い分けています。「広義」は上の「ある環境条件の改善が光合成速度の増加をもたら」す場合を全て含み、「狭義」はその要因が基質あるいはエネルギーとして投入されるもののみを扱います。例えば、温度はそれ自体がエネルギー源として利用されているわけではないので律速要因とは扱いません。湿度はそれ自体が直接光合成に影響を与えているわけではなく、気孔開度を通した間接的な影響しかもっていません。湿度が下がると気孔が閉じ、葉緑体内のCO2濃度が下がるため光合成速度が下がります。したがって、CO2濃度のみが律速要因として扱われることになります。

 また、律速という概念は基本的には直列の反応系に使います。光合成では、光呼吸という分岐経路があり、この経路の存在が光合成速度の環境応答を複雑にしています。このため「律速」という言葉だけでは説明しきれません。詳しくは「二酸化炭素と光合成」で書きます。

 律速要因がない条件というのもあるはずです。光合成速度は光強度・CO2濃度飽和、最適温度条件で最も高くなります。このときどこかに律速段階はあるはずですが、律速要因と呼べるものはありません。このときの光合成速度を「光合成能力」と定義する場合もあります(ただし、「光合成能力」は通常CO2濃度での光飽和下光合成速度と定義されることのほうが多い)。


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