光合成の生理生態学講座

 植物の成長速度

 

はじめに(200602 26)

指数関数的成長(200011 26)

NARとLAR(200012 18)

栄養塩の吸収の評価(200705 05)

最適な地上部/地下部比(199905 27)

 背景

 モデル

成長解析応用バージョン(200012 25)

略語表(200101 12)


はじめに

 植物は成長します。ここでいう成長とは、基本的には乾燥重量(=バイオマス)が大きくなることを意味します。一般に小さい個体は死にやすいので、成長速度が低いよりは高い方が生存には有利であると考えられます。ではどのような要因が成長速度の高低を決めるのでしょうか。

 ここで扱うのはいわゆる成長解析(growth analysis)です。広義には、成長解析という言葉の意味するところは、文字通り「成長を解析すること」ということですが、生理生態学の分野では狭義の「成長解析」があって、ある決まったお作法があります。そう、RGRとかLARとか、シロウトには意味不明の3文字略語が続く世界です。これはかなり古くから確立されている手法で、思ったより(といっては失礼か)役に立ちます。

 成長解析の本質は、成長速度の違いが何に由来するのか、をつきつめることにあります。成長速度は多くの要因の結果です。成長速度に違いが見られた場合、どの要因によってその違いがもたらされるかが興味となるわけですが、どのようにアプローチするのが良いでしょうか。例えば光合成や呼吸など考えられる要因をしらみつぶしに解析するのは一つのテですが、狙った要因が変わってくれるとは必ずしも限りません。要因を一つ一つつぶしていき、最終的に成長の違いを解明することを目指すのがボトムアップなら、成長解析はトップダウンの調べ方です。成長速度を因数分解していくことにより、どこに違いがあるかを探していく方法です。

 成長速度解析はどちらかというと算数の問題ですが、植物がどのように成長するかを直観的に理解させてくれる、わかりやすい理論的枠組みでもあります。


指数関数的成長

 

「ここに1分間に1回分裂する細胞が一つビンの中に入っている。1時間でこの細胞はビンを満杯にしてしまうという。ではこの細胞がビンの半分の量になるのは何分かかるか?」というクイズがありました(私が子供の頃だったと思います)。答は30分ではなく、59分です。細胞が決まった速度で分裂していく、ということは、時間tに対する細胞の数Yの増え方が指数関数的だということです。このケースだったら、

Y = 2t

ですね。植物の成長(個体重の増え方)も同様です。植物の場合は細胞が全て分裂するわけではないのですが、一枚の葉の光合成によって一枚葉を作ると、生産力が2倍になり、次には2枚新しく葉を作ることができるというように、複利的な成長をする点においては似たようなものです。このため、成長速度が時間とともに増加していることに注意して下さい。一般に、植物の成長は以下の式で表されます。

W = W0 exp(rt)

Wは個体重、W0は時間0での個体重といいます。exp(rt)はertのことです。rは係数で、この数字の大小が個体成長の速い遅いを決めます。

 rは「相対成長速度(relative growth rateでRGRあるいはspecific growth rate)」と呼ばれます。相対成長速度とは、成長速度(growth rateでGR)を個体重で割ったものです。どうしてrが相対成長速度になるのかを説明しましょう。個体の成長速度(単位時間当たりの成長量)はWをtで微分することによって得られます。

dW/dt = r W0 exp(rt)

W = W0 exp(rt) を代入してやると

dW/dt = r W

r = (dW/dt)/W

ということです。rが一定であっても個体サイズによって成長速度は変わってしまうので、r(RGR)が「成長の速さ」の指標として使われます。

 さて、実際の植物は指数関数的な成長をするのですが、rがずっと一定というのはなかなかなく、ちょっとづつrが低下することが多いです。実験的研究では、数日あるいは数週間という短い期間に限って植物を成長させ、その期間中は指数関数的成長をしている、と仮定することが多いです。この期間中の個体重の増加量を成長速度とし、「平均の個体重」で割ることによって相対成長速度を計算します。

 まず、成長速度は以下の式で表されます。

GR = (W2 - W1)/(t2 - t1)

W1は一回目の測定のときの個体重、t1は一回目の測定のときの時間です。相対成長速度RGRは以下の式で求めることができます。

RGR = {ln(W2) - ln(W1)}/(t2 - t1)

ln()は自然対数です。これはどうやって導かれるかというと、

W2 = W1 exp(r{t2 - t1})

W2/W1 = exp(-r{t2 - t1})

ln(W2) - ln(W1) = r(t2 - t1)

です。ようするに、RGRはWを対数プロットしたときの直線の傾き、ということですね。平均の個体重は、相加平均ではなく、以下の式で表されます。

Wmean = (W2 - W1)/{ln(W2) - ln(W1)}

このWmeanが何を意味するのか、ですが、dW/dtがGRと同じ値になるときのWとお考え下さい。

 ちなみに、実際の植物でRGRが時間とともに低下する理由ですが、自己被陰が起こるから(つまり、葉を多く作ると上の葉が下の葉を被陰し、下の葉の光合成量が少なくなるから)だと思っている方が多いようです。しかし、たいていの場合は栄養塩不足で起こります。本当に栄養塩供給を充分に行えば、個体成長はかなり長い時間指数関数的成長を維持できます。もちろん、ずっと続けていれば自己被陰が起こってしまいますが。ついでに言うと、多くの研究で「栄養塩は充分与えた」と簡単にのたまう人が多いのですが、普通の実験で使うような条件では、かなり栄養塩を与えても、「充分」なのは発芽直後、個体サイズが小さいときくらいです。個体が大きくなっても栄養塩を充分与えようと思ったら、植物を水耕で育てて、常時水耕液を垂れ流し続ける(free accessという)くらいのことはしないといけません。


NARとLAR

 

さて、あなたの前にRGRが異なる二つの植物があったとします。あなたは当然どうしてこの成長速度の違いが起こるのか、そのメカニズムを知りたいと思うはずです。ぱっと思いつくのは「光合成速度の違い」でしょう。光合成をたくさんしているから成長が速いわけですからね。言い換えれば、RGRってのは個体重当たりの光合成速度を見ているようなものですから(厳密には呼吸速度も重要ですが)。しかしそれでは「成長」を「光合成」に言い換えているだけです。もう少し考えましょう。

 一般的に言って、光合成、というのは葉がするものです(例外はありますが)。したがって葉をたくさん持っている植物のRGRが高そうな気がします。いやいやそうではなく、個々の葉の光合成速度が高い植物のRGRが高そうな気もします。これを数式で表してみましょう。

RGR = GR/W = GR/LA × LA/W

ここで、LAは個体が持つ葉面積です。右辺の第一項は「葉面積あたりの成長速度」を表します。これは、葉面積あたりどれだけの同化産物を得ているかで、つまり、葉面積あたりの光合成速度を反映していると考えられています。第二項は「個体重あたりの葉面積」で、どれだけ多く葉を持っているか(葉面積を展開しているか)の指標になります。もし葉をたくさん持っていることによってRGRが高いのならLA/Wが高く、葉の光合成速度が高いことによってRGRが高いのならGR/LAが高いはずです。LA/WをLeaf Area Ratio(略してLAR)、GR/LAをNet Assimilation Rate(略してNAR)と呼んでいます。日本語訳ですが、NARは「純同化速度」と訳せますが、LARは難しいですね。古い教科書には「葉面積比」と直訳されていることが多いと思います。

 NARとLARに分割したのは非常に大きな意味があります。それは、RGRが「生理学的特性」と「形態学的特性」の二つの影響を受けること、そして、それらを分離して解析することができることです。ただ、NARは「葉の光合成−個体の呼吸」を葉面積で割っているので、厳密には光合成速度そのままとは言えません。ただ、この解析をすればRGRの違いを確実にどちらかに帰することができる、という点で、単なる光合成速度の測定とは違う意味があります。

 さてLARは形態学的特性を反映している、と書きましたが、LAR自体はややわかりにくいパラメータです。葉面積という2次元のパラメータを個体重という3次元のパラメータで割っているわけですから。LARを増やすために、どういうことができるかを考えてみましょう。

 LARを増やす方法は二つ考えられます。一つは、バイオマスを葉に多く回すことです。栄養成長期ならばバイオマスは葉・茎・根のいずれかに回されています。このうち葉に多くまわせば、LARは増えます。もう一つ別の方法があります。それは、葉を薄くして葉面積を広げることです。これもまた数式にしてみましょう。

LAR = LA/W = LA/LW × LW/W

右辺第一項は葉面積を葉重で割ったものです。この値が高いということは、葉に投資されたバイオマスでより広い葉を作っているということを意味します。Specific Leaf Area(略してSLA)と言います。日本語訳は葉面積比重だったかなあ。ちなみに、ここでの「specific」の意味は「重さあたり」ということです。右辺第二項は葉重を個体重で割ったもので、個体重のうち葉重の割合を示します。器官間の物質分配を反映しているわけです。Leaf Wight Ratio(LWR)あるいはLeaf Mass Ratio(LMR)と言います。最近はLMRの方が多いですね。日本語訳は・・・葉重比だったと思います。字だけではよくわからないですが。

 というわけで、

RGR = NAR × LAR = NAR × LMR × SLA

といったパラメータでRGRの違いを解析することができます。単なるかけ算に見えますし、実際そうなのですが、ただやみくもにかけ算にしているのではなく、生物学的に意味のある解析をするためのかけ算だと考えて下さい。

 ちなみに、SLAの逆数、すなわち、葉面積あたりの葉重をLeaf Mass Area(LMA)と言います。私は窒素やら光合成やら葉面積あたりで物質含量を表すことが多いので、SLAよりはLMAを使うことが多いです。なお、LMAはかつてはSpecific Leaf Weight(SLW)と呼ばれていました。しかし、上に述べたようにSpecificは「重さあたり」の意味なので、SLWは「重さあたりの重さ」ということになり、常に1です。ということで、最近は使わないことが推奨されています(論文に書くと絶対クレームがつきます)。LMAを使うようにしましょう。


栄養塩の吸収の評価

 

植物の成長には光合成が最も重要な要素ですが、光合成だけでは成長はできません。水や窒素・リンといった他の栄養塩も不可欠です。これらの資源は主に根で吸収されます。根の機能と成長の関連を調べるために根の性質の数値化が行われています。本来は根の機能についてだけで一冊本が書けるくらいの事柄があるのですが、あまりよく知りませんし、ここでは成長解析で使われる主なパラメータを紹介するに留めます。

 成長解析との関連では窒素に着目することが多いです。他の元素が重要でないというわけではないですが。頻繁に使われるパラメータは根の重量あたりの窒素吸収速度(specific absorption rate, SAR)です。これは単位時間あたりに植物個体が吸収した窒素を根重量で割ったものです。

 SARは、成長解析モデルでは窒素栄養条件の指標として使われることが多いです。SARが高い=栄養条件が良い、というように考えるわけです。ただ、同じ栄養条件でも個体サイズや種によって異なります。様々な要因がSARの違いに影響します。一つは根の形態であると考えられています。単位重量あたり長い、あるいは大きな表面積をもつ根は土壌との接触面積が大きいため多くの窒素を吸収できるだろう、というものです。このような形態の違いを数値化するために根重あたりの根長(specific root length, SRL)や根重あたりの根表面積が使われます。根表面積はなかなか測りづらいので、SRLが使われることが多いように思います。


最適な地上部/地下部比

 

 ここでは、成長解析モデルを応用した解析を紹介します。

 栄養や光などの生育条件が変化すると、個体内の器官間のバイオマス分配が変化します。特に、地上部/地下部の比が変化することがよく知られています(遅くとも1930年代には知られていたようです)。地上部のバイオマスは炭素を獲得するため、地下部のバイオマスは窒素を獲得するために必要です。窒素が足りないような条件では、地下部へのバイオマスの分配を多くしてより窒素が吸収できるようにし、光が足りない条件では地上部への投資を多くして炭素をより吸収できるようにすると考えると、地上部/地下部比の変化は現実の変化をよく説明します。これは非常に理解しやすい論理です。しかし、簡単な数理モデルを作ってみると、この単純な論理が意外に正しくない、というか、現実的な予測をするためにはいくつかの仮定(もしくは制約)を取り入れることが必要であることに気づきます。ここでは、最適な地上部/地下部比を考えるにあたって、考慮しなければいけない要因について書きます。

 

背景

 1960年代には、「地上部と地下部の活性(炭素と窒素の獲得)のバランスをとる」という、後世のモデルに比べると、漠然としたアイディア・モデルがあったようです(機能平衡モデル、functional equiribrium; Brouwer 1962; Davidson 1969; Thornley 1972)。Davidson (1969) は地上部の炭素吸収と地下部の窒素吸収が同じになるように調節されているのだと考えました。Thornley (1972) は、個体の炭素/窒素比を一定にするような地上部/地下部比をモデルで示しました。しかし、実際には炭素/窒素比は一定になるわけではないので、現実を説明するには不充分なモデルでした。

 80年代になると、「適応度や相対成長速度(RGR)を最大にする地上部/地下部比」が考えられるようになってきました(Iwasa and Roughgarden 1984; Hunt and Nicholls 1986; Johnson and Thornley 1987)。これらのモデルがどういう仕組みになっているのかよくは知りませんが、Hilbert (1989) によれば、これらのモデルでは、「地上部の炭素獲得能力が地上部窒素含量に依存する」という仮定がないのだそうです。同じ地上部バイオマスを持っていても、窒素含量が少なければ光合成能力は低いはずで、この仮定を入れなければ根の役割の評価を誤ることが予想できます。

 一方、IngestadとAgrenのグループは、nitrogen productivityという概念のもとで地上部/地下部比を考察しました。植物を様々な栄養条件で生育させると、個体の相対成長速度と窒素含量が正比例することが知られています(Ingestad 1979)。つまりこれは保有窒素あたりの成長速度(これがnitrogen productivity)が一定であることを意味します。Ingestadらはnitrogen productivity一定を法則と考え、これを実現するためには地上部/地下部比がどのように変化するのかを考察したようです(Agren and Ingestad 1987)。この考え方が妥当か否かはあとで説明します。

 Hirose (1988) やHilbert (1989) のモデルでは、「炭素は地上部によって獲得される」「窒素は地下部によって獲得される」の他に、「地上部あたりの炭素獲得速度は地上部の窒素濃度に依存する」という仮定が組み込まれています。では、これらの仮定から「最適な地上部/地下部比」はどのように計算されるでしょうか?

 

モデル

ここでは、「最適な地上部/地下部比」にはよけいな仮定が意外に必要だ、ということを理解していただくため、最初に最も単純なモデルを作り、徐々に現実的なモデルを構築していくという、「思考実験の実験」をしてみます。

 

第1モデル

では、「炭素は地上部によって獲得される」「窒素は地下部によって獲得される」「地上部あたりの炭素獲得速度は地上部の窒素濃度に依存する」という3つの仮定を式にしてみましょう。

 ここでは、簡単にするために、茎の存在は無視しましょう(ロゼット植物を考えるとよい)。葉=地上部とします。

 成長速度(dW/dt)は地上部の炭素獲得によりもたらされますから、以下の式で表すことができます。

dW/dt = A LW (1)

ここでAが葉重量あたりの物質生産量(NAR×SLAに相当)で、LWが葉重量です。相対成長速度は両辺を個体重(W)で割ることにより得られます。

(1/W)dW/dt = A LMR (2)

ここで、LMRは葉重/個体重比(LW/W)です。

 次に、個体の窒素吸収速度dN/dtを定義しましょう。

dN/dt = SAR Wr = SAR fr W = SAR (1-fs)W (3)

ここでSARが根重あたりの窒素吸収量、RMが根重です。SARは植物は調節できないと仮定し、この値が栄養条件の指標となります(貧栄養条件ほどSARが小さい)。

 葉重量あたりの物質生産量Aが地上部の窒素濃度に依存するという仮定を入れてみましょう。まず、最も単純に、地上部の窒素濃度とAが正比例するという仮定にしてみましょう。

A = C NL/LW (4)

NLは地上部が持つ窒素の絶対量で、Cは比例定数です。ここで、話をさらに単純にするために、地上部の窒素濃度と地下部の窒素濃度が同じとしましょう(実際は地上部のほうがはるかに高い−詳細後述)。

NL/LW = N/W (5)

では、平衡状態を仮定し[N/W = (dN/dt)/(dW/dt)]、これらの式を組み合わせてみましょう。以下の式になるはずです。

[(1/W)dW/dt]2 = C SAR (1-LMR)LMR (6)

ここで、RGRを最大にするLMRを求めましょう。この式のパラメータは全て正の値を取りますから、右辺は上に凸の二次曲線になることがわかります。RGRの二乗を最大化するのもRGRを最大化するのも同じですから、この式の微分値が0になる値を計算すると、解は、

LMR = 0.5

となります。この解の意味するところは、「最適な地上部/地下部比は栄養条件(SARのこと)にもCにも依存せず0.5で一定である」ということです。どうしてそうなるのかを直観的に説明するのは難しいのですが、ここに挙げた仮定では、LMRを0.5から変えても、変えた分に相当するAの変化が得られない、ということによります。というわけで、「炭素は地上部によって獲得される」「窒素は地下部によって獲得される」「地上部あたりの炭素獲得速度は地上部の窒素濃度に依存する」と漠然と考えただけでは地上部/地下部比の変化は説明できない、ということがわかっていただけたでしょうか。

 では、これにどういう仮定を加えると地上部/地下部比の変化が説明できるでしょうか? 答は、「地上部あたりの炭素獲得速度と地上部の窒素濃度の関係は、X切片が正の値を持つ曲線である」という仮定です。例えば以下の図のような感じです。Ns/Wsは葉の窒素濃度(NL/LW)のことです。

この仮定を入れると、以下の図のように栄養条件(SAR)が高いほど地上部へのバイオマス投資が大きくなる、という解を得ることができます。下の図でBはSAR、fsはLMRのことです。

というわけで、正しい「最適な地上部/地下部比」の予測には、「地上部あたりの炭素獲得速度と地上部の窒素濃度の関係」を知ることが必要である、ということをここでは理解して下さい。

 ちなみに、最適なfsはもっと簡単に解くことができます。Aだけでなく、LMRやRMR (根重/個体重比)も窒素濃度n(= N/W)の関数になるはずですから、式(2)を使って、RGRの微分値が0になるような方程式を解くと、以下の解が得られます。

LMR dA/dn = -A dLMR/dn

この式を満足させるfsが最適なLMRということになります(Hilbert 1989)。

 

第2モデル

第1モデルでは、地上部の物質生産速度と窒素濃度を、それぞれ重量あたりで考えていました。しかし、この「光合成の生理生態学講座」では光合成速度や窒素含量は葉面積あたりで考えてきました。重量あたりで考えることと面積あたりで考えることとの違いについては様々な議論がありますが、受光の重要性を考えると、やはり物質生産は葉面積あたりで考えるべきです。

 そこで、今度は葉面積の概念を入れてみましょう。上同様、地上部=葉とすると、

LA = LW/LMA

Narea = Nmass×LMA

となります。ここで、LAが葉面積、LMAが葉面積あたりの葉重(SLAの逆数)、Nmassが葉重量あたりの窒素含量、Nareaが葉面積あたりの窒素含量となります。そして、葉面積あたりの物質生産量NARがNareaと以下の関係にあるとしましょう。

NAR = C(Narea-k)/(Narea+h)

kとhは定数です。Aareaはいうなれば一日の光合成量にあたります(この式は、上の図のAとNsの式と同じ関数を使っています)。RGRは以下のように表されます。

(1/W)dW/dt = NAR/LMA×LMR

ここから、RGRを最大にするLMAとfsの組み合わせを計算することになります。といっても、こちらは第1モデルのように簡単には解けませんので(解けるかもしれないけど私にはわからない)、シミュレーションをやった答を述べます。最適解は、貧栄養ほどLMRが小さく、LMAが高くなる、というものです。ここにはもう一つ条件があって、LMAはNareaを一定にするように変化します。Nareaは栄養条件に依存せず、一定である、という解が出るわけです。

 Nareaが栄養条件に依存しないというのは、現実の植物の観察とは矛盾しています。これは実は既に一度「最適な窒素分配」で説明していることです。このモデルでは、NARがNareaにのみ依存しているため、こういう答が出てきてしまうともいえます。他に、なんらかの制約があることまで考えないと、Nareaが栄養条件によって異なることを説明できません。「貧栄養だから窒素が足りなくてNareaが下がる」という説明は、実は、理論的にはかなり不充分なのです。

 では、これまでの研究ではこの「なんらかの制約」をいったい何と考えてきたでしょうか? 一つの例はHirose (1986) です。この仕事では、LMAと葉の乾重あたりの窒素含量(Nmass)が個体の齢や栄養条件に依存しないことを見出し、この関係(Nmassが高いとLMAが低い)を制約として用いています。ここでは、Nmassを与えるとこの関係によってNareaが決まってしまうため、「貧栄養だから窒素が足りなくてNareaが下がる」というのは、説明されるものではなく、事実上「仮定」ということになってしまいます。van der Werf et al. (1993) でも同じ仮定が使われています。もう一つの例は、Hilbert and Reynolds (1991) です。この仕事では、LMAを一定としています(ただし光条件が変わると変わる)。ということで、「栄養条件によってなぜNareaがばらつくのか」はまだ「仮定」として用いられている段階で、どうしてそうなるのか、は未だわかっていないということと、この「仮定」を入れないと、現実とは異なる地上部/地下部比が計算されてしまう、ということをここではご理解下さい。

 

この他重要なこと

 ここまでの説明では、葉の窒素濃度と個体の窒素濃度が同じであると仮定してきました。しかし、実際には葉の窒素濃度は個体の窒素濃度よりもはるかに高いです。ということは、つまり、根や茎の窒素濃度が低い、ということです。経験的には、葉・茎・根の窒素濃度は比例関係にあり、普通のモデルではこの関係を用いています(Hirose 1988; Kachi & Rorison 1989; van der Werf et al. 1993)。しかし、できれば、茎や根の窒素濃度が決まる必然性も知りたいものです。葉の窒素は、光合成に関係がある、ということで説明できますが、根や茎の窒素濃度がどう決まっているかはまだよくわかっていません。単なる濃度平衡で説明がつくのでしょうか・・・。


成長解析応用バージョン

 

つまるところ、GR/W = GR/LA × LA/Wのように、とあるパラメータ(ここではLA)を間に挟んでやることによってGR/Wを分解する、というのが、数式上の成長解析の本質です。これはLAでなくてもいいわけで、例えば、GR/W = GR/(巻ヒゲの数) × 巻ヒゲの数/Wのようなわけのわからん解析も可能なわけです。もちろんこの解析に生物学的な意味があるような気はしませんが(笑)。しかし、「生物学的に意味のある」解析は他にもあるはずです。

 代表的なものは、窒素生産性(Nitrogen productivity、NP)を用いたものです。NPはGR/N、つまり個体が持つ窒素量あたりの成長速度です(Ingestad 1979)。つまり、

RGR = NP × PNC

GR/W = GR/N × N/W

ここで、PNCは個体窒素濃度(Plant Nitrogen Concentration、重量当たりの窒素量)です。この式は、Ingestadらのグループの一連の研究により知られるようになりました。彼らは、異なる栄養条件で植物を育てると、RGRとPNCの関係はほぼ直線となり、NPはほぼ一定となるという経験則を見出しました。つまり、Nを間に挟んでやることで新たな視点を手に入れたわけです。

 上式に比べると全然有名ではありませんが、最近我々のグループでは以下のような式を提案しました(Hikosaka et al. 1999a)。

ARGR = AGR/AW = GR/F × F/AW

ここで、AGRは地上部重量あたりの地上部重量増加速度(つまり地上部だけで見たRGR)、AGRは地上部重量増加速度、AWは地上部重量、Fは個体の光吸収量です。この式を使って何をしたかったかというと、群落内で光の競争をしている個体の成長を解析したかったのです。群落内では下部ほど暗いという環境になっています。この中で個体は限りある光をできる限り吸収しようと工夫をしていると考えられます。この工夫をF/Wとして表してみたわけです(Hirose and Werger 1995)。どういうことかというと、葉の役割は光を吸収することです。さらに、茎の役割は葉を支えることです。単純に考えて、葉と茎に投資されたバイオマスは光を吸収するための投資と見ることができます。つまり、F/AWは、Fをベネフィット、地上部重量をコストとした、ベネフィット/コスト比なわけです(Hirose and Werger 1995)。で、GR/F比は、吸収できた光をどれだけ成長に効率よく転換できたか、という指標になります。我々はF/AWを「光獲得効率」、GR/Fを「光利用効率」と呼んでいます。この解析でも前者は形態的特性、後者が生理的特性を表しています。これはNAR×LARの成長解析とどこが違うのか、というと、ここで扱っているのは群落内の様々な光環境にいる個体です。同じ葉面積を持っていても、上層に達する個体と下層にいる個体では受光量が違いすぎ、LARの多寡が個体の状況を良く表すとは言えないからです。なお、この解析ではAGRなど地上部の成長速度を扱っていますが、これは単に群落内の個体の地下部重量は推定しにくいため無視しているだけのことです。


略語表

略語

正式?名称

内容

よく用いられる単位

同意語

GR

growth rate

単位時間あたりの個体重の増加量

g d-1

RGR

relative growth rate

個体重あたりの成長速度

g g-1 d-1

specific growth rate

NAR

net assimilation rate

葉面積あたりの成長速度

g m-2 d-1

 

LAR

leaf area ratio

葉面積/個体重比

m2 g-1

 

LMR

leaf mass ratio

葉重/個体重比

g g-1

 

leaf weight ratio

SLA

specific leaf area

葉面積/葉重比

m2 g-1

 

LMA

leaf mass per area

葉面積/葉重比

g m-2

 

specific leaf weight, specific leaf mass

NP

nitrogen productivity

個体窒素あたりの成長速度

g g-1 d-1

 

PNC

plant nitrogen concentration

個体窒素濃度

g g-1

 

SAR

Specific absorption rate

根重あたりの窒素吸収速度

g g-1 d-1

 

SRL

specific root length

根重あたりの根長

m g-1

 

つづく(たぶん)

 


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