研究内容紹介
私の専門は植物生態学です。生理学的な観点から植物の生態を解析する研究を多く行っていることが特徴で、生理学の研究を行うこともあります。
研究の多くは、葉や個体の光合成・物質生産にかかわる性質がどのように決まっているのかを明らかにしようとしたものです。ここで、「どのように」という言葉を使いましたが、この言葉は英語で言う「How」と「Why」の両方を含みます。How?と問う場合は、例えば光合成に関するある性質をもたらす生理学的メカニズムを明らかにすることが研究目的となります。Why?と問う場合は、そのような性質を持つことでどのような利点があるのか、つまり、その生態学的・進化生態学的意義を明らかにすることが目的となります。私は「How」と「Why」の両方に興味を持って研究をしてきました。
私が自分自身で行った研究
1)植物の環境応答
植物の性質は、生育環境や齢などの影響を受けます。生育環境などが違うことによって葉の光合成速度が変わる生理学的メカニズムや、そういった特性をもつことの生態学的意義が研究対象です。これまで、光環境・温度環境、CO2環境などの影響を解析してきました。
・葉光合成系に対する光環境と葉齢の影響
草本植物では、新しい葉が展開するにしたがって古い葉が被陰されます。つまり、加齢とともに光条件が悪くなるので、過去の葉齢と光合成の関係についての研究では、加齢の影響を見ているのか光環境の影響を見ているのかが明らかではありませんでした。そこで、私はつる植物セイヨウアサガオ(Ipomoea tricolor)を水平に這わせ、古い葉でも明るい環境にいられるように調節し、光条件と葉齢の影響を分離して調べました。Hikosaka et al. (1994) では窒素含量について調べ、葉齢も光条件も窒素含量に影響を及ぼすこと、そして、光条件の影響が非常に大きいことを明らかにしました。続いて、Hikosaka (1996) では光合成系タンパク質の組成変化について調べました(光合成系タンパク質の組成変化がもつ意味は後述します)。光合成系タンパク質の組成変化は葉齢の影響は受けず、光条件によって調節されていることが明らかになりました。
・光合成系タンパク質間の窒素分配
光合成系は数多くのタンパク質から成り立っています。そして、その組成比は一定ではなく、生育条件によって大きく異なることが知られています。特によく知られているのが光条件に対する順化で、相対的に見ると、カルビンサイクルの酵素は強光条件で多く、クロロフィルは弱光条件で多くなります。このような変化の生態学的意義(why)に興味をもちました。 Hikosaka and Terashima (1995)では、「植物は窒素あたりの光合成量を最大にするために組成比を変える」を仮説とし、光合成系タンパク質間の窒素分配モデルを作りました。解析の結果、窒素あたりの光合成量を最大にする最適な組成比は光条件によって異なり、その予測は現実とよく合うことがわかりました。さらにHikosaka and Terashima(1996) は陽生植物シロザ(Chenopodium album)と陰生植物クワズイモ(Alocasia odora)における実際の光合成系タンパク質の組成比を調べ、数理モデルの予測とどれだけ違うのかを定量的に比較しました。その結果、シロザの最も暗い環境(自然光に対し5%)をのぞき、両種のタンパク質分配に目立った違いはなく、最適にかなり近い分配を実現していることがわかりました。5%区では、シロザの分配が最適分配から大きく外れており、弱光条件に適応できていないことを示唆しました。
Hikosaka and Terashima (1995) のモデルを改良することで、光以外の生育環境と光合成系タンパク質組成の関係の研究も行いました。一つは温度で (Hikosaka 1997)、もう一つはCO2濃度です (Hikosaka and Hirose 1998)。これらの論文では、温度やCO2環境が変化すると、最適な光合成系タンパク質の組成が変わることを理論的に予測しました。・温度順化
光合成は温度の影響を大きく受けます。光合成速度は低温で低く、温度上昇とともに高くなりますが、ある温度を超えると低下します。そして、この温度−光合成曲線の形は、植物種間だけでなく、同一個体でも生育温度によって異なります。一般に、低温で育った植物ほど低温に最適温度(光合成速度を最大にする温度)を持ちます。このような温度−光合成曲線の変化がどのように起こるのかを解析しています。
研究の取りかかりとして、光順化で用いたアイディアを温度順化に適用するところから始めました。まず、上述したモデル (Hikosaka 1997) により、光合成系のタンパク質組成変化が温度−光合成曲線の形の変化をもたらす可能性があることを示しました。これを受けて、実際の植物での温度−光合成曲線の変化を調べています。まず、温度順化を示すことが知られているシラカシ(Quercus myrsinaefolia)を用いて、ガス交換特性を解析しました (Hikosaka et al. 1999b)。その結果、光合成の二つのプロセス(RuBPカルボキシル化とRuBP再生)のバランスが生育温度によって変化し、これにより温度−光合成曲線の形が変化することを明らかにしました。Hikosaka (2005b) は、オオバコ(Plantago asiatica)において生育温度の変化によってHikosaka (1997) が予測したようなタンパク質組成変化が起こることを示しました。
また、野外の植物における温度−光合成関連のパラメータの季節変化を調べています。冷温帯林のミズナラ(Quercus crispula)林冠葉の研究をしました(Hikosaka et al. 2007)。RuBPカルボキシル化反応の温度依存性が季節によって変わり、それが温度−光合成曲線の季節変化に強い影響を与えていることを示唆しました。
光合成の温度順化のメカニズムについてのレビューを書きました (Hikosaka et al. 2006)。・光阻害
植物にとって光は必要不可欠なエネルギー源ですが、強すぎると様々な傷害を引き起こします。強光によって光合成系にダメージが起こり光合成速度が低下することを光阻害と呼びます。光阻害を受けた葉の光-光合成曲線、CO2-光合成曲線やクロロフィル蛍光パラメータを調べました (Hikosaka et al. 2004)。
・被食応答
葉が植食者に食べられると、窒素濃度が下がったり防御物質の濃度が上がったりといった応答をすることが知られています(誘導防御)。しかし、Hikosaka et al. (2005a) は、コナラの当年生実生では、窒素濃度が高くなったり防御物質濃度が下がったりと逆の現象が見られることを示しました。
2)光合成特性の種間差
維管束植物の多くはC3植物で、ほぼ同じ光合成系を持っています。しかし光合成能力には大きな種間差が認められます。種間差がどのような生理学的違いによって引き起こされているのか、また、種間差が存在する生態学的意義は何か(どのような光合成特性がどのような条件で有利なのか)を明らかにすることが目標です。解決の鍵として光合成の窒素利用に着目しています。種内で比較すると、葉の光合成速度と窒素含量の間には高い相関が見られます。しかし、その回帰直線の傾きは種間で大きく異なります。光合成能力を窒素含量で割った値は光合成の窒素利用効率(PNUE)と呼ばれ、一般的には、草本植物で高く、落葉樹、常緑樹の順に低くなり、葉の寿命が長い種ほど低くなることが知られています。Hikosaka (2004) とHikosaka (2010) は光合成-窒素関係や光合成能力の種間差についてのレビューです。
・PNUEの違いのパターン
どのような種でPNUEがどう違うのか、傾向を探る研究を行っています。Hikosaka and Hirose (2000) では、千葉県の照葉樹林において、同所的に生育する8種の常緑広葉樹の光合成を比較しました。私が調べたこれらの種では、光合成能力と葉の寿命の間には高い負の相関が見られましたが、PNUEと寿命の間に相関はありませんでした。解析の結果、同所的に生育する種の間ではPNUEの違いは大きくないことを示唆しました。また、マレーシア国キナバル山(標高約4100m)の異なる標高に生育する種の、現地での光合成速度と窒素含量の関係を比較し、高標高ほどPNUEが大きく減少することを見いだしました (Hikosaka et al., 2002)。また、地球規模の葉の形質の相関関係について解析を行い、葉の形質と根の形質の間にも相関関係があることを予測しました(Hikosaka and Osone 2009)。
・PNUEの違いをもたらす生理学的メカニズム
光合成速度の違いを引き起こす生理学的な原因を調べました。PNUEが違う植物の典型として、一年草(シロザ)と常緑樹(シラカシ)の生理学的比較を行いました (Hikosaka et al. 1998)。両者の窒素利用効率の違い(約2倍)は、気孔抵抗、光合成タンパク質への窒素の分配、鍵酵素(Rubisco)の比活性、葉肉細胞の細胞壁における拡散抵抗など様々な要因の違いがもたらしていることが明らかになりました。これらの一つ一つの要因の違いはそれほど大きくはなく、小さな違いの積み重ねが窒素利用効率の大きな違いをもたらしているのだということがわかりました。20数種の草本・落葉木本・常緑木本種を調べ、やはり小さな違いの積み重ねが窒素利用効率の大きな違いをもたらしていることを明らかにしました(Hikosaka and Shigeno 2009)。
3)葉群・個体群・群集レベルの成長と光合成
陸上生態系では植物群集やその葉群(leaf canopy)が炭素吸収の単位となります。葉群は葉の集まり、植物群集は個々の植物種・個体の集まりです。私は光合成などの生理機能からのスケールアップによって葉群や植物群集の挙動を理解することを試みています。
・群落光合成モデルの発展
群落光合成の研究では、群落光合成速度を最大にする形質が研究されてきました。しかし、群落全体の光合成を最大にする戦略と、個体の適応度を最大にする戦略は必ずしも一致しません。Hikosaka and Hirose (1997) では個体間競争における葉の角度の役割に着目し、ゲーム理論を用いて理論的解析を行い、競争下では水平葉の方が光獲得の上で有利な戦略となり得ることを示しました。この研究は群落光合成モデルにゲーム理論を取り入れた初めての研究です。どのような戦略が有利なのかは隣接個体間の相互作用の大きさに依存するのですが、「相互作用」は非常にあいまいな概念であり、定義されずに使われてきました。我々は光の競争における相互作用を「自分が吸収した光のうち、隣接個体を通過してきた光の割合」と定義し、実測する方法を提案しました (Hikosaka et al. 2001)。
群落光合成モデルは、ある時間断面での群落の光合成をモデル化したもので、ある構造を持つ葉群が与えられた環境でどのような光合成速度を持つのかを推定することができます。しかし環境によってどのような葉群構造が形成されるのかはわかりません。私は既存の群落光合成モデルに時間変化を取り入れ、葉群動態モデルを新たに構築しました (Hikosaka 2003)。このモデルの中では、葉群は稼いだ光合成産物を使って新たに葉を作り、余分な葉を落とします。「余分な葉を落とす」のルールに最適葉面積指数理論を取り入れたところがポイントです。このモデルによって環境(窒素供給や光)や種によって異なる葉の特性(PNUEや葉面積あたりの葉重)がどのように葉群構造や葉の寿命、窒素利用効率に影響を与えるのかを予測できるようになりました。
ゲーム理論と葉群動態の導入が重要であることを上記の研究から指摘しましたが、両者を組み合わせたモデルは存在しませんでした。葉群動態にゲーム理論を組み込んだモデルを構築し、シミュレーションを行いました。このモデルは葉面積指数の環境応答や種間差を定量的に説明することができる優れた予測力を持つことが明らかとなりました (Hikosaka and Anten 2012)。
空から降ってくる光が直達光である場合と散乱光である場合で最適な窒素分配が大きく異なることを数学的に示しました(Hikosaka 2014)。
Hikosaka (2005a) は葉群光合成の視点から葉群動態を理解しようと試みたレビューです。・個体群内の個体の資源の獲得と利用
これまで個体間競争の研究は数多く行われています。しかし、個体間の資源の奪い合いが競争において重要であるとされてきたにも関わらず、実際に各個体がどれだけの資源を獲得し、それを成長に利用してきたかは意外なほど明らかにされていません。
植物の成長は、成長に必要な資源をどれだけ獲得できるか、そして、その獲得した資源をいかに効率よく利用するか、という二つの要因に分けて考えることができます。この考え方を使って実際の群落で個体の資源獲得・利用の定量化を試みています。一般に植物の個体群は、サイズが様々に異なる個体から構成されます。私は野生のオオオナモミ純群落を材料にし、サイズの異なる個体の光の獲得と利用 (Hikosaka et al. 1999a)、窒素の獲得と利用 (Hikosaka and Hirose 2001) について調べました。純群落内ではサイズの大きな個体の光獲得・利用、窒素獲得・利用のいずれもが、サイズの小さな個体より効率がよいことを明らかにしました。応用編として、Hikosaka et al. (1999a) で用いた手法を使い、高CO2下における植物の競争と各個体の光吸収・利用を解析しました (Hikosaka et al. 2003)。高CO2では、各個体の初期成長が促進されます。その結果光の競争が激化し、個体群内のサイズの不均一性が増大することを明らかにしました。
4)地球環境変化と植物
大気CO2濃度の増加や温暖化など地球環境は劇的に変化しています。植物が地球環境変化に対してどのように応答するのか予測するための研究を行っています。
・植物の高CO2応答
CO2濃度の増加は光合成を促進しますが、その増加がそのまま成長の増加に結びつくわけではありません。例えば、光合成速度が増加しても、窒素など他の資源の供給が不充分であれば植物の成長促進はそれほど大きくはなりません。窒素利用、季節的温度変化、個体間競争など、野外で起きうる様々な要因が植物の高CO2応答に与える影響を解析してきました。Hikosaka et al. (2005b) は我々の研究室の成果をまとめたレビューです。さらに、一年草の種子生産の高CO2応答に着目し、レビューとメタ解析を行いました(Hikosaka et al. 2011)。
指導した学生の研究(修士以上)
・鈴木恵理さん(2013年修士取得):光合成の窒素利用効率は草本・落葉種・常緑種で異なります。これまで私の研究室では、その違いの原因が複数あることを明らかにしてきました。彼女は光合成系タンパク質ルビスコの性質について調べ、光合成能力が低い種のルビスコの性能が悪いらしいことを明らかにしました。
・町野諭さん(2012年修士取得):同一種でも、それぞれの生育地に適応し、様々な性質が異なります。彼はイタドリを高標高低緯度(富士山)・低標高高緯度(青森)・低標高低緯度(東京)からとってきて同一環境で育成し、温度ー光合成関係に違いがあることを見いだしました。
・秋田理彩子さん(2008年修士取得):高CO2環境で育成した葉の光合成特性を研究しました。光合成系には様々なタンパク質がかかわります。それぞれのタンパク質を作るためには窒素が必要ですが、植物にとって窒素は有限の資源です。光合成系の部分反応であるRuBPカルボキシル化反応とRuBP再生反応の間でどのように窒素を分配すべきかが90年代から議論されており、理論的な研究によって最適な分配がCO2条件によって異なることが指摘されていました(Hikosaka and Hirose 1998など)。オオイタドリでは、光合成活性を見ると両反応の間で変化が起こるというデータが示されていました(Onoda et al. 2009, Osada et al. 2010)。彼女は異なるCO2条件で育てたオオイタドリ葉の光合成特性を詳細に調べ、RuBPカルボキシル化反応とRuBP再生反応の間のバランスの変化が窒素分配変化によるものではないことを示しました(Akita et al. 2012)。
・行方健二さん(2007年修士取得):個体間の光獲得競争において個体の形態的特性が及ぼす影響の解析を行いました。シミュレーションモデルを用いて植物の3次元構造をパソコン内に再現し、葉柄の長さや葉の面積の変化が受光量に及ぼす影響を調べました。
・中村伊都さん(2006年修士取得):山形にあるCO2噴出地の高CO2域に生育するオオバコが高CO2環境に適応進化していることを発見しました(Nakamura et al. 2011)。
・松本洋祐さん(2006年修士取得):オオオナモミ個体群内の様々なサイズの個体の繁殖量の解析を行いました(Matsumoto et al. 2008)。
・永野聡一郎さん(2011年博士取得):ハイマツは日本の高山植生の主要な優占種です。Nagano et al. (2009)は風の当たり方によって(風衝地と風背地)葉の光合成特性がどのように異なるのかを調べました。一般に、ストレスが大きいハビタットでは、コストが高く、光合成能力が低く、寿命が長い葉を作ることが知られていますが、ハイマツはストレスが大きいと考えられる風衝地でコストが低く光合成能力が高いという、これまでの常識とは違った資源投資をしていることを明らかにしました。
・神山千穂さん(2011年博士取得):高層湿原は、比較的小さな面積の中に、常緑/落葉、木本/草本といった異なる機能型の植物が共存しているユニークな生態系です。これら異なる機能型の植物の光獲得効率を定量化し、どのような機能型が光獲得競争において優位なのかを解析しました(Kamiyama et al. 2010)。
・宮城佳明さん(2005年修士取得): 11種の一年草の種子生産の高CO2応答を調べました。種子窒素濃度はCO2環境に依存せず、窒素固定などで窒素獲得量を増加させることができたときのみ種子生産が増えることを示唆しました(Miyagi et al. 2007)。
・石川数正さん(2005年修士取得):北海道・宮城・静岡から得たオオバコエコタイプの温度-光合成関係を解析しました。15度で育てたとき、光合成速度の温度依存性が変化すること、またそのメカニズムを解析し、光合成系タンパク質分配がエコタイプ間で異なることを示しました(Ishikawa et al. 2007)。・岡本絵里さん(2005年修士取得):ブナの葉の窒素濃度やタンニンなどの防御物質濃度が奪葉に対してどのように応答するかを解析しました。
・小野広善さん(2005年修士取得):低温順化によって光阻害耐性が上がるしくみを解析しました。耐性の向上は主に壊れた光化学系IIの修復能力の向上によることを明らかにしました。
・高島輝之さん(2002年修士取得):コナラ属の常緑種と落葉種の光合成特性を比較しました。葉の窒素がどのように分配されているかを解析し、落葉種は光合成系に、常緑種は細胞壁に窒素を多く分配しており、この違いが光合成の窒素利用効率の違いをもたらしていることを発見しました(Takashima et al. 2004)。
・遠藤裕美さん(2002年修士取得):落葉広葉樹林では低木層に落葉種と常緑種が共存していることが多く見られます。彼女は落葉種と常緑の窒素利用効率(吸収窒素あたりの物質生産量)を解析し、落葉種が光合成速度が高くすることによって、常緑種が葉の寿命を長くすることによって互いに同等の窒素利用効率を実現していることを明らかにしました。
・石崎伸二郎さん(2002年修士取得):高CO2環境で生育した葉で見られる葉重/葉面積比の増加には成長速度を増加させる意義があることを理論的に示しました(Ishizaki et al. 2003)。
・小野田雄介さん(2005年博士取得):窒素と光合成能力の関係は、同一種内では比較的一定です。しかし、Onoda et al. (2004) は 発芽時期が異なるイタドリでは窒素と光合成能力の関係が違うことを発見しました。さらに、発芽時期が早い個体の葉のPNUEが低いのは、細胞壁への窒素投資が大きいためであることを明らかにしました。Onoda et al. (2005a) は、イタドリのCO2-光合成曲線が季節によって変化し、高CO2環境における光合成生産に影響があることを示しました。Onoda et al. (2005b) は、イタドリとブナの温度順化の相違点について考察しました。Onoda et al. (2007) では日本の3つのCO2噴出地を記載し、現地に生えている植物の生理生態的特性を調べました。さらに、Onoda et al. (2009) では、各CO2噴出地から植物を移植し、共通圃場実験を行い、葉特性に違いがあるかを調べました。
・Onno Mullerさん (ユトレヒト大との短期留学生交換プログラムなどで2000-2004年在籍):温帯林の林床では季節に伴って気温・光環境が大きく変化します。Muller et al. (2005) は常緑低木アオキを用いて光合成系の季節変化を調べ、冬季に窒素含量やルビスコ含量が増えること、この変化に対しては季節的な気温と光環境の変化がどちらも影響していることを明らかにしました。さらに、Muller et al. (2011) は「窒素あたりの光合成速度を最大にする窒素含量」が実際の葉の窒素含量と高い相関があることを示し、窒素含量の変化が光合成の窒素利用効率を最大にするように起こっていることを示唆しました。また、Muller et al. (2009) は解剖学的な解析を行い、アオキの葉が冬季に葉緑体を多く収容できるようにあらかじめ厚い葉を作っていることを明らかにし、さらに生育環境置換実験によって、葉の厚さが冬季の光環境によって決まっていることを明らかにしました。
・安村有子さん(2006年博士取得):植物の窒素利用について、特に枯葉からの回収による再利用に着目して研究を進めました。Yasumura et al. (2002) は落葉樹林内の上層木と下層木の窒素利用効率を調べ、両者に大きな差がないことを示しました。Yasumura et al. (2005) では、同じ材料を対象に葉の窒素回収率を調べ、回収効率には光環境は大きく影響しなかったものの、ブナでは成熟個体と稚樹の間に回収効率に大きな違いがあることを見出しました。Yasumura et al. (2006b) はオオバクロモジ葉の窒素回収において、窒素化合物によって回収されやすさが異なることを示しました。Yasumura et al. (2006a) はブナのマスティング(不定期の大量結実)に着目し、マスティングに必要な炭素・窒素資源の利用様式について調べました。Yasumura et al. (2007) は、シロザの窒素回収効率が体内の窒素の供給(ソース)と需要(シンク)のバランスで決まっていることを示唆しました。
・小口理一さん(2005年博士取得):成熟した葉の光順化応答の研究を行いました。Oguchi et al. (2003) は、弱光環境で展開を終了した葉を強光にさらしたとき(強光順化)に葉に起こる変化を解析しました。強光順化では光合成能力が増加しますが、その増加のためには葉緑体体積の増加が不可欠です。葉緑体は葉肉細胞の細胞表面付近に配列されています。本研究では、弱光生育葉は葉緑体が存在しないスペースを高頻度でもっており、強光移植後にそのスペースを埋めるように葉緑体が大きくなり、光合成能力の増加を可能にしていることを発見しました。Oguchi et al. (2005) は同様の解析を木本三種について行いました。ダケカンバはシロザ同様葉緑体が存在しないスペースがあることが強光後の光合成能力増大を可能にしていました。ウリハダカエデは葉が有意に厚くなり、これも光合成能力の増大が可能になっていました。一方、ブナはもともと空きスペースがなく、葉も厚くならず、強光移植後も光合成能力は増加しませんでした。葉の解剖学的性質の違いが光合成能力の可塑性の違いをもたらしていることが明らかになりました。以上の研究は実験室でのものでしたが、Oguchi et al. (2006) は森林で人工ギャップを作り、8種の木本実生の応答を調べました。Oguchi et al. (2008) は8種のうちのハリギリについて詳細な光合成測定を行い、順化するにあたりあらかじめ葉を厚くするためのコストと順化後の光合成の利得を定量的に比較し、順化による利得がコストを上回ることを示しました。
・アラマスさん(Almaz Borjigidai)(2006年博士取得):Borjigidai et al. (2006) は、水田における開放形大気CO2増加実験(FACE, Free Air CO2 Enrichment)に参加し、イネ葉の温度-光合成特性の季節変化に対するCO2上昇の影響を解析しました。Borjigidai et al. (2009) は、オープントップチャンバーを用いてシロザ群落の炭素収支がCO2増加にどのように応答するかを調べました。
・及川真平さん(2005年博士取得):ワラビの個体群では生育期間が進むにしたがい次々と新しい葉が展開します。ワラビは落葉性なので、生育後期に出た葉ほど寿命が短くなります。Oikawa et al. (2004) は後期に出た葉ほど薄く、光合成能力が低いことなどを明らかにしました。葉群を新規生産と枯死が起こる動的なシステムとしてとらえ、生産と枯死の速度がどのように決まっているのか、そしてその結果として個体が持つ葉面積がどのように決まっているのかをオオオナモミ群落を材料として解析しました (Oikawa et al. 2005)。葉の枯死を決めるタイミングの一つとして、「葉は一日の光合成量がゼロになると枯れる」という説がありましたが、Oikawa et al. (2006) はオオオナモミ群落で個葉の光合成量を推定し、富栄養条件では一日の光合成量がゼロになる頃に葉が枯れるが、貧栄養条件ではゼロになる前に枯れることを示し、Oikawa et al. (2008) は、貧栄養条件では個体光合成の窒素利用効率を最大にするように枯れることを示唆しました。個体の窒素利用効率を高CO2応答における根粒窒素固定の役割に着目し、根粒非着生ダイズの繁殖収量解析を行いました (Oikawa et al. 2010)。
・衣笠利彦さん(2005年博士取得):繁殖収量の決定機構を研究しました。Kinugasa et al. (2003) は高CO2条件でのオオオナモミの繁殖収量を解析しました。窒素を要求する種子の収量は増えず、窒素を必要としない「いが」の収量が増え、器官の窒素要求性が高CO2応答に影響することを示唆しました。Kinugasa et al. (2005) はオオオナモミにおける繁殖努力(繁殖器官重/総個体重)における呼吸の影響を評価しました。繁殖器官の維持呼吸速度は他器官に比べて低いため、乾重だけで評価した繁殖努力は、実際に繁殖器官への投資された光合成産物の割合に比べ大きくなっていることが明らかになりました。
・木村啓さん(2000年修士取得):うちの研究室で初めて湿原を対象とした研究を行いました。湿原での層別刈取を行い、種間の光獲得競争やオープントップチャンバーを用いた温暖化実験などを行いました。彼の研究の蓄積が後に神山さんの研究にいきることになりました。
・山野崇さん(2000年修士取得):高CO2環境での植物の競争を研究しました。彼がとったデータをもとに、成長解析(Nagashima et al. 2003)や光合成解析(Hikosaka et al. 2003)の論文を発表しました。
・加藤真晴さん(2002年博士取得):光阻害耐性の環境応答を研究しました。Kato et al. (2002a, 2002b, 2003) の三本は光阻害について調べたシリーズです。一つめの論文では、光阻害の研究で多く使われてきた、リーフディスクを使うことの問題点を指摘しました。二つめは、光阻害を受けた光化学系IIの修復能力が生育条件によってどのように変化するのかを調べました。三本めは、葉が吸収された光がどのように利用されるかを調べました。電子伝達に利用されず、熱として放散もされなかった光エネルギーの量が光化学系IIの不活性化の速度を決めていることを示唆しました。
スタッフの研究
・小口理一さん:シロイヌナズナの高CO2応答の研究をしています。
・神山千穂さん:八甲田の湿原で温暖化が植物群集に与える影響を研究しています。
・尾崎洋史さん:シロイヌナズナジェノタイプの高CO2応答解析をしています。
・上田実希さん:CO2噴出地に自生する植物の高CO2適応の研究をしています。
・長嶋寿江:植物群落では、熾烈な光獲得競争が起こる一方、最上部の個体は、個体重が違うにもかかわらず、隣の個体と高さをそろえるという傾向があります。ポット群落を作り、ポットの高さを上げても、高さ伸長が鈍り、隣の個体と高さがそろってしまうことを発見しました(Nagashima and Hikosaka 2011)。また、この背ぞろいのための茎伸長調節メカニズムとして、光の質(赤色光/遠赤光比)だけでなく、風に吹かれるなどの物理的刺激が影響していることを操作実験によって明らかにしました (Nagashima and Hikosaka 2012)。
・及川真平さん:八甲田山の異なる標高の湿原に共存する植物の窒素利用効率を解析しました。
・長田典之さん:CO2噴出地周辺の植物の光合成特性の違いに対する光・栄養・CO2環境の影響を解析しました(Osada et al. 2010)。
・Tsonko Tsonevさん(外国人招聘研究者):葉を異なる温度にさらしたときの光阻害耐性・防御能力を解析しました (Tsonev and Hikosaka 2003)。
共同研究
湿原は森林植生の中に点在する植生で、海洋中に点在する島嶼のような存在です。青森県八甲田山の湿原植生を生理生態のボトムアップと群集生態のトップダウンの両面から明らかにすることを目指して群集生態学者の佐々木雄大さん(東北大→東大)らと共同研究を行っています(Sasaki et al. 2012a, b)。
中静透さん(東北大)の研究室と様々な共同研究を行っています。嶋崎正哉さんによる、八甲田山の過去と現在の空中写真から、オオシラビソの個体群動態解析するという研究のお手伝いをしました(Shimazaki et al. 2011)。
河内淑恵さん・黒沢高秀さん(福島大)とアオイスミレの葉群動態の解析を行いました。アオイスミレは落葉樹林の林床に生育する常緑草本植物です。この植物は常緑ですが葉の寿命は半年ほどで、秋と春に葉を入れ替えます。なぜ越冬葉を春に落とすのかを調べ、操作実験によって個体内の自己被陰がその原因であることを明らかにしました(Hikosaka et al. 2010)。
光合成の温度順化能力は種によって異なります。私自身もいくつか研究していますが、矢守航さん(阪大→東北大農)による低温耐性種と感受性種の比較研究に参加させていただき、低温耐性種のほうが温度順化能力が大きいことを示しました(Yamori et al. 2009, 2010)。
タケ・ササ類は葉に多量のシリカを蓄積するユニークなグループです。特にクマザサの葉はシリカの重量割合が40%を超えるという点でも面白い植物です。本村浩之さん(当時東北大植物園)との共同研究で、クマザサの光合成の解析を行いました(Motomura et al. 2008)。
Global Plant Trait Network(Glopnet)が行った世界の2300種の野生植物の葉特性のメタ解析に参加しました(Wright et al. 2004, 2005a, 2005b)。
舟山幸子さん(東大)との共同研究でウイルスに感染されたヒヨドリバナ(Eupatorium makinoi)の光合成特性について調べました (Funayama et al. 1997)。ヒヨドリバナはジェミニウイルスの感染によって葉脈付近が黄化します。しかし、黄化している部分にもカルビンサイクルの酵素があり、感染葉の光−光合成曲線は、非感染葉に比べ、初期勾配が低いのですが、最大速度はそれほど変わらないことを示しました。