光合成の生理生態学講座

携帯光合成測定装置を使う際の注意点

 

はじめに (201008 03)

結露 (201008 03)

加湿 (201008 03)

温度調整 (201008 03)

リーク (201008 03)

光合成速度と気孔コンダクタンスの安定 (201008 03)

 


はじめに

 

私が院生の頃は、光合成測定装置は自分で組み立てるものでした。私自身がゼロから組み立てた光合成測定装置はありませんが、院生時代には師匠(寺島一郎さん)が組み立てたシステムの改良をし、就職したときには、就職先にあった既存のシステムを一から組み換えるということをしていました。そのため光合成測定における注意点は体で学びましたし、携帯光合成測定装置を見ても中でどのようなことをやっているか、だいたいはわかります(電気的なことはさっぱりですが)。

 現在の携帯光合成測定装置は、葉を挟んでスイッチを押せば光合成速度や気孔コンダクタンスの値が出てきます。しかし、それが本当に使える値か、というと、必ずしもそうではありません。間違った使い方をすれば間違った値を出します。ここでは測定にあたって注意すべきことを書いていくことにします。 

 現在携帯光合成測定装置は多くの会社から発売されていますが、ここでの記述において念頭にあるのはLiCor社のLi-6400です。残念ながら私は他の会社のシステムを使ったことがほとんどなく、ここにある記述が他のシステムにもあてはまるのかはわかりません。


結露

 

 光合成測定にあたって最も注意しなければいけないのは結露です。系内で結露が起こると、蒸散速度が正確に測定できないだけでなく、Li-6400の場合はCO2濃度も影響を受けるような気がします。

 結露が起こる条件は、空気中の水蒸気濃度が飽和水蒸気濃度を上回るときです。ですから水蒸気濃度が高いと結露しやすくなります。また、飽和水蒸気濃度は低温ほど低いため、水蒸気濃度が一定でも温度が下がると結露が起こります。

 Li-6400ではHigh-humidity alartというのがあり、結露の警告を出してくれます。この警告は、チャンバーを出た空気の相対湿度(RHsample)が85%を超えると出るようになっているようです。もちろん警告が出た場合は結露しやすいのですが、警告が出ない場合に結露の心配がないわけではありません。

 危ない場所はいくつかありますが、その一つは温度制御部です。Li-6400ではチャンバーの温度制御がある程度可能ですが、これはチャンバーの温度を直接操作しているのではなく、チャンバーに入る前の空気を暖めたり冷やしたりすることで制御しています。チャンバー内では照射光による加熱がありますから、葉温よりも低い温度まで空気を冷やす必要があります。ここで結露が起こる可能性があります。

 また、光合成速度を高温で測定する場合も注意が必要です。測定を行っている部屋の温度よりもチャンバー内の温度が高い場合が特に要注意です。チャンバー内では水蒸気濃度が飽和濃度よりも低かったとしても、チャンバーを出てから空気が冷やされればそこで結露が起きるかもしれません。

 ではどのように注意すればいいかというと、それは水蒸気濃度をチェックするしかありません。水蒸気濃度は幸いLi-6400で表示されます。そして温度制御部の温度(Tblock)、系内の空気の温度(Tair)、葉温(Tleaf)、室温(Li-6400では測定していない)の4つの温度を見ます。各温度に対して水蒸気濃度が飽和に近ければ、どこかで飽和が起こる可能性があります。飽和水蒸気と気温の関係はいろいろな本などに載っていると思いますので自分で探してください。私が使っているのはPearcy et al. (1989) ですが、もう売っていないかも。


加湿

 

 結露は基本的には水蒸気濃度を下げることで回避することができます。しかしあまり水蒸気濃度を下げてしまうとチャンバー内の飽差(VPD)が上がる、つまり葉の周囲の空気の湿度が下がっていまい、気孔の閉鎖を誘導する可能性があります。VPDを1kPa以下に収めて光合成測定を行うのが理想ですが、実際には難しい場合もあります。うちの研究室では低温では1kPa、野外や高温では1.5kPaを目標に測定を行っています。

 特に高温環境ではVPDを低くするということは難しくなります。うちの研究室では加湿した空気を流すということをしていますが、これには注意が必要です。Li-6400を使う際には、多くの場合ソーダライムを通してCO2をあらかじめカットし、これに小型のCO2ボンベからCO2を供給してCO2濃度を一定に保つということをします。この際に加湿した空気を流すのはムダです。なぜならソーダライムが水蒸気を吸収したり放出したりするためです。私の経験では、ソーダライムは水蒸気濃度を一定にたもつよう緩衝的にはたらき、低温では水蒸気を吸収し、高温では放出する傾向があります。最も簡単な加湿法は、したがってソーダライムを暖めることです。実際、ソーダライムを入れたバイアルの周囲をカイロで暖めることで加湿を行ったことがあります。ただし、加温による加湿がどのくらい持続するなどを試したことはありません。

 うちの研究室では、実験室内で光合成測定を行う場合は、Li-6400に空気を入れる前にいったんソーダライムを通してCO2を除き、そのあと加湿をして、6400のソーダライムを通さなくて済むようにしています。ただしこのシステムには外部ポンプが必要です。

 もっと簡単な方法は、流量(Flow)を下げることです。流量を下げると、葉から出てきた水蒸気がチャンバーから出て行くのに時間がかかるため、その分チャンバー内の湿度があがります。もっとも、効果はそれほど大きくないのであまりあてにはしないほうがいいでしょう。


温度調整

 

 Li-6400には温度調整能力がありますが、上述の通りチャンバーの温度を直接調節しているわけではないので、能力には限界があります。私の経験では、直達光を避けた状態で外気温±5度が限界です。それ以上あるいはそれ以下の温度にする場合は、6400のチャンバーと植物ごと人工気象室に入れてしまう、ということをしています。

 Hikosaka et al. (2007) では、早朝に低温で、日中に高温の光合成速度を測定するということで温度依存性を測定していました。


リーク

 

チャンバーの隙間や葉の内部を通してチャンバー内外の空気の交換が起こることがあります。チャンバーのねじをしっかり締めて葉とチャンバーのパッキンが密着するように気をつける、というのは当然のことですが、いくら締めても避けられない場合が多いです。どれくらい空気の交換が起こるかは、チャンバーに息を吹きかけてみてください。呼気のCO2濃度はものすごく高いので、sampleのCO2濃度がすぐ上がります。

 このようなリークの影響は、通常条件で最大光合成速度を測定している際はあまり問題にならないようです。しかし、問題になるのは葉のガス交換速度(光合成や呼吸速度)が低い場合と、チャンバー内外のCO2濃度が大きく異なる場合です。前者は、単純に誤差を拾いやすいことが原因です。後者は、チャンバー内外のCO2濃度勾配に沿ってCO2が拡散することが問題になります。例えばチャンバー内が高CO2で、外部が低CO2だとします。そうすると、その濃度勾配にしたがってCO2が外部に漏出します。光合成測定装置はこれを葉がCO2を吸収したのだと勘違いし、光合成速度を高めに、あるいは呼吸速度を低めに見積もってしまいます。余談ですが、90年代に高CO2環境で育てた植物の呼吸速度は低下するという論文が多く出されましたが、このほとんどは測定時のリークによって呼吸速度を低く見積もったせいだと考えられています。詳しくはPons and Welschen (2002)をご覧下さい。

 対策ですが、リークによる影響は呼吸速度を多少上下させる程度ですので、上に述べたように通常の条件で最大光合成速度を測定している際は影響は大きくありません。しかし低CO2濃度での光合成速度など、外部とのCO2濃度差が大きく、かつ光合成速度が低い場合は注意が必要です。精密な測定がしたい場合は、チャンバーと葉の周囲をさらに別の自作チャンバー(スカートと呼んでいる)で多い、6400から空気の空気を流してスカート内部(つまりチャンバー外部)をチャンバー内部のCO2濃度に近い状態にして光合成速度を測るということをします。ちょっと文章で説明するのは難しいので、細かい話はここには書きません。


光合成速度と気孔コンダクタンスの安定

 

 光合成速度や気孔コンダクタンスは、葉がある条件にさらされると変化します。ただ、その安定には時間がかかります。特に時間がかかるのは、暗いところに置いてあった葉に強い光をあてた場合です。光合成系の酵素のいくつかは暗黒下あるいは弱光下では不活性化されており、活性化にはそれなりに時間がかかります。さらに気孔の開閉にはもっと時間がかかります。光-光合成曲線を描く際に、光強度をゼロから徐々に上げるする方法と、飽和光強度から徐々に下げていく方法があります。どちらを使ってもいいのですが、徐々に上げる場合は信用できる安定した値を得るにはたいへん時間がかかると考えてください。私は上から落としていくことを勧めています。ただし、上から落とす場合は光阻害のせいで光合成速度を低く見積もる可能性があることを注意する必要があります。

 また、CO2-濃度曲線を描く際にも注意が必要です。いったん光合成系の酵素が全て活性化されてしまえば、光合成速度はCO2濃度の変化には非常に敏感で、CO2濃度が変わってから数分まてば充分安定した値を得ることができます。しかし気孔コンダクタンスはそうではありません。気孔コンダクタンスは低CO2ほど開く傾向がありますが、CO2濃度が変化しても、その濃度で本当に安定したコンダクタンスになるまでに10分以上かかることもあります。つまり数分おきにCO2-光合成曲線を測っていくと、必ずしもそのCO2濃度で安定しているわけではないコンダクタンスを測定することになります。理想的には真に安定するまで待てばいいのですが、測定スケジュールを考えると待てないことがほとんどです。私がCO2-光合成曲線を描く場合は、最初に生育CO2濃度で光合成速度とコンダクタンスを測ります。この測定は辛抱強く安定するまで待ちます。その測定が終わったらCO2濃度を変えますが、それ以降の測定は数分おきにCO2濃度を変えてしまいます。それぞれのCO2濃度でのコンダクタンスは安定下のものではないとみなし、CO2-光合成曲線の形のみを利用する、つまりVcmaxとJmaxを計算することのみに使い、各CO2濃度での光合成速度やコンダクタンスはあまり議論しないことにしています。

 真に安定した光合成速度やコンダクタンスを得るためには、当然、値が安定するのを待つ必要があります。Li-6400にはグラフを描く能力があり、デフォルトでは直近120秒の光合成速度や気孔コンダクタンスの変化を示してくれます。しかしこのグラフは「真の安定」を見るのには使えないと思って下さい。暗黒下から強光にさらしたときなどは、光合成速度はいったんピューっと上がりますが、そこから真に安定するまでにはジリジリっとしか速度が上昇しません。120秒の範囲では上昇幅とノイズの大きさは区別がつかないこともあります。できれば横軸は最低でも300秒にし、また、グラフを見るだけではなく値を憶えておき、数字が変わっていないかを確かめながら測定してください。真に安定する前に測定して条件を変えてしまうと、曲線の形がめちゃめちゃになるので失敗だとすぐわかります。光-光合成曲線で強光から測定を始める場合、弱光で光合成速度が上がったら失敗だと考えていいでしょう(下から上げる場合は光阻害でそのような形になることがあります)。CO2光合成曲線の場合は、二度同じCO2濃度で光合成を測定し、二点が同じ曲線上に乗らなかったら失敗です。


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