今月のCO2 springと湿原

 

うちの研究室では天然CO2噴出地(CO2 spring)と高層湿原をフィールドとして植物の環境応答について研究しています。研究の進捗状況報告を兼ねてフィールドや圃場での実験の様子をご紹介します。


2011.9.18 八甲田のガス穴で植生調査をしてきました。ガス穴は直径約20m、深さ8mの穴で、内部は高CO2環境になっています。ここはかつてブナ林の中にあり、貧弱な林床植生があるだけだったのですが、2000年頃に伐採があり、地面の光環境が良くなったため二次遷移が起きています。高CO2環境で遷移が起こっているのは世界広しといえどおそらくここだけです。また、数十m離れた場所に、少しサイズは小さいながら同様の穴があり、こちらは通常CO2環境だということで、コントロールとして使えるというメリットもあります。2003年に一度植生調査を行い、論文も出した(Onoda et al. 2005 Phyton)のですが、当時はまだ草本がちょぼちょぼ生えてきた程度でした。現在は数mを超える樹木も入り込んでおり、遷移がずいぶん進んだということで二度目の調査をすることになりました。なお、調査にあたっては、青森市の許可と協力をいただきました。感謝いたします。

前回の調査では、昼間のCO2濃度は数1000ppmとたいしたことはなかったのですが、今回は植物が茂ったために空気の流れが悪くなり、いたるところで数万ppm(数%)に達しました。そのままでは死んでしまうので、今回は送風機を2台導入し、空気を撹拌した上で調査を行いました。

あまり地表の撹乱はしたくなかったので(植生を荒らさないという意味と、調査者の安全の意味で)、マッピングはラフに行いました。穴の外側の安全な位置でテープをひき、これでグリッドを作ります。

各グリッドの中の植生調査を行いました。

こちらはCO2濃度が高くない隣の穴(あまりよく見えないが)。こちらにもテープをひいて同様の調査を行いました。

私はカメラを忘れていったので、撮影は、共同研究者である九州大学の小野田雄介さんによります。


2010.12.23 論文が受理されました。

Nakamura I, Onoda Y, Matsushima N, Yokoyama J, Kawata M, Hikosaka K (2011) Phenotypic and genetic differences in a perennial herb across a natural gradient of CO2 concentration. Oecologia 165:809-818.[abstract]

将来のCO2上昇のような複数の世代をまたぐような長期間、特定の環境にさらされると、その環境に適応した遺伝型が進化してくる可能性があります。しかしそれを実験で再現するのは容易ではありません。天然CO2噴出地は火山性のガスが地下水とともに地表に表れる場所で、周囲の生態系は長期間高CO2環境にさらされており、高CO2環境への適応を目の当たりにすることができるかもしれないユニークな系です。我々は山形県にある丹生鉱泉周辺に生育しているオオバコの生理生態的特性と集団遺伝学的特性を調べました。同一環境で育成しても、高CO2域に生育していた植物と低CO2域に生育していた植物の間には、地上部/地下部比や気孔コンダクタンスなど様々な生理生態的特性に違いがありました。さらに両者の間には遺伝的な分化が生じていることが認められました。これらの結果は、丹生鉱泉周辺の高CO2域でオオバコが局所進化していることを示唆しています。


2010.11.2 山形のCO2噴出地に行ってきました(彦坂・上田)。行く途中では珍しく低い虹がきれいに見えました(左)。丹生鉱泉(左から二番目)では、この写真を撮った後に雹に降られました。朝日鉱泉は橋板が除去されていて(残り二枚)、こわごわ橋は渡ってきましたが、調査はせず見てきただけでした。


2010.10.11 八甲田に行ってきました。CO2噴出地の調査と湿原の調査をしてきました。紅葉がきれいでした。左から、龍神沼CO2噴出地、高田谷地湿原から見た北八甲田連峰、奥八九郎CO2噴出地。


2010年4月10日 論文が受理されました。

Osada N, Onoda Y, Hikosaka K (2010) Effects of atmospheric CO2 concentration, irradiance and soil nitrogen availability on leaf photosynthetic traits on Polygonum sachalinense around the natural CO2 springs in northern Japan. Oecologia 164: 41-52.[abstract] 

高CO2濃度の影響は、植物が高CO2濃度にどれだけの時間さらされているかによって異なると考えられています。人工気象室などのCO2施肥実験では数年以上の高CO2処理は容易ではありません。このため期待されているのが天然CO2噴出地周辺の生態系です。CO2噴出地では、火山ガス由来のCO2を含む地下水の湧水に伴ってCO2が放出され、周辺の生態系は数十年以上の長期にわたって高CO2環境にさらされており、より長期間の高CO2環境の影響を知ることができる唯一の実験系と考えられます。一方、野外であるため、「CO2濃度だけが違って他の環境が同様である」ようなコントロールを探すのが難しいという点もあります。本研究ではそのような難点を逆手にとり、青森県八甲田山の二つのCO2噴出地周辺において光・栄養・CO2環境が様々に異なるプロットを22地点作成し、各プロットに生育しているオオイタドリの葉の光合成特性を調べました。光合成特性に対する光・栄養・CO2濃度の効果を重回帰分析によって解析し、CO2固定酵素ルビスコの最大活性(葉面積あたり)、葉窒素含量、葉面積あたり葉重など様々な特性にCO2環境が影響していることを明らかにしました。


2009年2月28日 論文が受理されました。

Onoda Y, Hirose T, Hikosaka K (2009) Does leaf photosynthesis adapt to CO2-enriched environments? An experiment on plants originating from three natural CO2 springs. New Phytologist, 182: 698-709. [abstract]

将来のCO2上昇のような複数の世代をまたぐような長期間、特定の環境にさらされると、その環境に適応した遺伝型が進化してくる可能性があります。しかしそれを実験で再現するのは容易ではありません。天然CO2噴出地は火山性のガスが地下水とともに地表に表れる場所で、周囲の生態系は長期間高CO2環境にさらされており、高CO2環境への適応を目の当たりにすることができるかもしれないユニークな系です。私たちは東北にある三つのCO2噴出地と付近のコントロールから植物を採取し、同一環境で育成し、光合成特性を比較しました。いくつかの性質で噴出地由来の植物とコントロール由来の植物の間に差があり、高CO2環境に適応している可能性が示唆されました。


2008年6月18日:秋田県小坂町の野湯。この近辺には三つの野湯があり、一つは畑の真ん中にあって研究には使えず、一つは数年前に訪れてCO2が出ていることを確認したのですが高CO2領域には植物がいなくて使えませんでした。今回存在は知っていたけど場所を知らなかった三つめの野湯を訪れました。

高CO2領域はかなり狭いのですがCO2濃度はなかなか。

オオバコも生えてました。たぶん調査対象となることでしょう。


2008年6月17日:八甲田の南駒込山湿原です。1平方メートルに10種近くが共存しています。季節変化が光獲得競争にどのような影響を及ぼすかを調べるため、簡単な操作実験をすることにしました。今日は操作前にどうなっているかの調査の一環。

ターゲットは常緑草本ショウジョウバカマです(写真中央)。まだ葉ができきっていないので、今日はマーキングだけ。


2008年3月18日 CO2噴出地の環境記載と現地植物の葉特性を調べた論文が日本生態学会論文賞を受賞しました。Onoda Y, Hirose T, Hikosaka K (2007) Effect of elevated CO2 on leaf starch, nitrogen and photosynthesis of plants growing at three natural CO2 springs in Japan. Ecological Research, 22: 475-484. [Springer]


2008年6月13日:湿原でもCO2 springでもありませんが、滋賀県伊吹山に行ってイブキハタザオとハクサンハタザオのサンプリングをしてきました。異なる標高への適応の研究の一環です。九州大学森長さんとの共同研究です。


2007年10月12日:今年最後の丹生鉱泉訪問でした。マーキングした個体がどれだけ来年まで生き残るでしょうか。

今回は山形県内のもう一つのCO2 springに行ってきました。ここも人手が入っているspringです。センサの値は2500ppm。

今回で私の野外調査は全て終わりました。あとは圃場実験を残すのみ・・・。


2007年9月28日:富山県の林道(地名)にあるCO2 springに行ってきました。すでにCook et al. (1998, J Agric Meteorol 56: 31-) でCO2springが林道にあることが報告されており、私は二年前に一度訪問していました。今回は二度目の訪問で、目的は新たなCO2 springの探索とオオバコ種子のサンプリングでした。

まずはオオバコをサンプリングした場所。ここはとある温泉の源泉があります。温泉の所有者に伺ったところ、このCO2 springはかつて川の中にあり、50年ほど前の土砂災害によって埋まり、そのあとで地上にガス穴ができたとのことです。ということで歴史としてはかなり若いCO2 springということになりますが、オオバコがいるCO2 springはあまりないので種子をとってきました。

源泉(井戸)の横にあるCO2噴出口。小さいし大した量のガスは出ていませんが、周囲の10平方メートルほどは高CO2環境が維持されています。数字はよく見えませんが、約1600ppm。

次に行ったのは、500mほど離れている別のCO2 spring。こちらはすでに二年前に見つけており、あちこちでCO2が出ていることを確認しています。ここの特徴は林床ながら湿地のため一年草(ミゾソバ・ツリフネソウなど)が繁茂していることが大きな特徴です。見にくいですが、センサの下のショウジョウバカマの葉のさらに下に噴出口があります。このときは水が穴に入っていたため、「ごぼごぼ」という音が聞こえていました。センサの値は約6000ppm。

現地の方の話をもとに新たなCO2 springの探索を試み、二つ噴出口を見つけました。下はそのうちの一つ。わかりにくいですが、中央付近の割れ目みたいなのが噴出口です。センサを置いたところ、1.5%くらいまで上がりました。斜面ではありましたが窪地っぽい形だったので危ないところでした。

この立っている位置で手をめいっぱい伸ばして(約2.4m)CO2濃度を測定した写真。たぶん地上2m以上としては過去最高値でしょう(1400ppm)。

ここの噴出地から水は出ていませんでしたが、湿地に生えるような植物が林床に多かったと思います。おそらく雪解け時期など地下水位が高いときには噴出口から水が出るのではないかと思いましたが、それには再調査が必要です。


2007年9月14日:八甲田のCO2 springに行ってきました。下の写真は湯ノ川。ここでは地中から水が湧き出し、川となります。手前側は林床でかなり暗いのですが、写真奥のほうはけっこう明るくなっています。

今回は種子集めが主目的でした。ここはオオバコがいるのですが、暗くてあまり個体数が多くありません。また、種子回収にはちょっと時期が早かったようです。


2007年8月14日:八甲田の湿原に行ってきました。ツルコケモモなどの葉寿命測定のためです。写真は南駒込山湿原(標高590m)と高田谷地(標高1030m)です。

湿原ともCO2 springとも全然関係ありませんが、今年はブナ林でブナアオシャチホコという昆虫が大発生しました。あちこちの林でブナの葉が食い尽くされています。下の写真はすかすかのブナ林。中央にみえるトチノキなどブナ以外の樹木は葉を着けているのでとても目立ちます。


2007年7月27日:今年度二度目の丹生鉱泉です。前回設定したコドラート内の個体サイズの再測定が主目的です。

スケールがなくてわかりませんが、下の個体は葉の長さが1cm前後のものばかりです。こういう個体の生存追跡をしたいのですが、今年中はともかく、来春まできちんと追跡するにはどうしたらいいのでしょう。来月はマーキングを試したいと思っています。


2007年7月21日:無事?実験が終了しました。相互被陰の影響が大きくなる前に刈り取りです。

この研究では栄養塩無制限で育てているので、高CO2の効果がはっきり出ます。下の写真は、左側の箱が高CO2生育、右側の箱が低CO2生育です。個体数はどの箱も同じです。左側のほうが成長がいいのが見た目でもわかります。


2007年7月7日:植え替えから二週間、オオバコもずいぶん大きくなりました。吸いきれないくらい多量の栄養塩を与えているので、成長速度が非常に高く、一週間で二倍以上の重量になります。あと二回葉面積と重量を測定して実験終了となります。

こちらは競争実験の様子。播種直後で植物は見えません。M1の秋田さんの仕事です。


2007年6月24日:いよいよ本格的な実験が始まりました。下の写真はうちの実験圃場にあるオープントップチャンバー(OTC)です。左側の銀色の部分が空気の吸い込み口で、チャンバーの下部にある銀色の部分から内部に空気を吹き込みます。高CO2処理にする場合は、吹き込む空気にCO2ガスを混ぜ、約700ppmに保ちます。高・低CO2処理が各3基ずつあります。

今年は2004年に湯殿山からとってきて成長を解析したオオバコ個体から得た種子を発芽させ、同じ条件で育成し、親子の性質を比較するという実験をします。同じ条件で育成するため、2004年のときと同様に水耕栽培をすることになりました。

写真ではわかりにくいですが、8リットル容積のバットに水耕液を入れ、その上に発泡スチロールの板をのせ、さらに銀色のシートを被せてあります。板やシートには穴や切れ目が入れてあり、このすきまに発芽して少し成長したオオバコを入れます。オオバコが沈まないように針金で軽く固定しています。

これから一ヶ月弱成長を追跡する予定です。


2007年6月11日:二年ぶりに丹生鉱泉に行ってきました。下の写真は周囲の様子です。写真には写っていませんが、林の奥に湧水があり、小川が流れています。下の写真の奥ほど高CO2環境になっています。どのくらい高いかというと・・・・

このくらい(4674ppm)。

今日は何カ所かに方形区を作り、中のオオバコ個体の位置と大きさを記録してきました。今後どういう方向で調査・解析をするかは未定、というかそれを考えるための調査(調査のための調査)です。


2007年5月2日:毎年行っている残雪状況調査のため八甲田に行ってきました。今年は全国的に積雪量が少ないと聞いていましたが、残雪量は昨年より多く、記録的な積雪だった一昨年と同程度と思われました。我々が調査している湿原のほとんどは雪の下でした。

↓田茂湿原(標高1300m)。湿原がどこにあるかわからないくらい積もっています。山は右から大岳・井戸岳・赤倉岳。湿原はこの写真では左中央(赤倉岳の下)にあるはずです。

↓龍神沼CO2 spring(標高570m)。龍神沼ではCO2は正面の湧水から出ます。湧水のため周囲の融雪が早いようです。


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