光合成の生理生態学講座

 安定同位体の利用

 

はじめに(200002 23)

安定同位体とは(200002 23)

同位体分別(200002 23)

同位体比の表記(200002 23)

同位体分別の一般則(200003 03)

C3光合成と同位体分別(200003 03)

C3植物以外(200003 20)

 C4植物

 C3-C4 intermidiacy

 CAM

 水中植物・藻類

葉内二酸化炭素コンダクタンスの実測(200004 03)

問題点(200004 09)


はじめに

 80年代から炭素安定同位体13Cを用いた光合成研究が発表されるようになっています。安定同位体の話を理解するためにはあるまとまった知識が必要で、この知識なしに話を聞いてもほとんど理解できないことでしょう。ここでは安定同位体を測定すると何がわかるのか、について書きます。ここに書くのは私が院生時代(1993年)にやったセミナの内容を多少改変したものです。O'Leary et al. (1992) とFarquhar et al. (1989) を参考にしています。知識としてはちょっと古いかもしれません。なお、私は13Cを使った論文を書いたことはありますが(Hikosaka et al. 1998、Hikosaka et al. 2002)、自分で測定したことはありません。具体的な測定法については全く素人ですので、ここでは書かないことにします(もし測定に興味がある方がいらっしゃれば、実際に測定している専門家を紹介します)。


安定同位体とは

 地球上に存在する炭素のほとんどは、原子量が12ですが、約1%の割合で、原子量が13の炭素が存在します。同じ性質をもった元素で原子量が異なるものを同位体と呼びます。さらに、放射能を持たず、半永久的に安定な同位体を安定同位体といいます。安定同位体の対の言葉は放射性同位体で、ある決まったスピードで放射線を出して崩壊します。炭素でいうと、13Cは安定同位体で、生化学でのラベル実験や年代測定に用いられる14Cは放射性同位体です。


同位体分別

 同位体分別とは、物理学的・化学的プロセスを通して同位体比が変わることをいいます。プロセス依存で同位体変化が起こるため、ある物質の同位体組成を見ることにより、その物質がどういうプロセスを経てそこにあるのかを推定することがある程度できます。これが同位体比を調べる理由です。ちなみに、英語では「分別」にfractionationとdiscriminationという言葉が使われていて、両者ほとんど同じ意味で使われているような気がします。生理学では後者の使用頻度が高いかな?


同位体比の表記

 13C/12C比というのは、上述の通り大変小さく、さらに、プロセスでの分別になるとさらに小さい値になります。このため、同位体を扱っている人たちはδだのΔだの素人にはあまりなじめないやり方で同位体比を表します。

 まず、単純な比をRと呼ぶことにしましょう。

R = 13C/12C

 次に、compositional deviation、δというパラメータを導入します(δを日本語でなんと呼ぶかは確定していないのではないかと思いますが、これも「同位体比」と呼ぶことが多いようです。なお、このパラメータを「同位体分別」と呼ぶのは、厳密にいうとたぶん間違いです)。

δ13C = (Rsample/Rstandard - 1) ×1000

δは‰(per mil、千分率)で表します。ここで、標準として使われるRstandard = 0.011237です。これは、ベレムナイト化石の炭酸カルシウムにおける同位体比だそうです。このstandardは世界共通で、PDB standard (a fossil Belemnite from Pee Dee formation in South Carolina) と呼ばれています。

 同位体を測定すると、多くの場合値はδとして表されます。ちなみに、日本の専門家は会話ではδ13Cのことを「デルシー」、δ15Nのことを「デルエヌ」と呼んでいます(ちょっとかっこいい)。

 次に、同位体分別(isotope fractionation)、Δδです(単にΔと書くことが多い)。定義は、

Δδ = Rs/Rp - 1

ですが、δを使うと以下の式に変形できます。

Δδ = (δ13Cs - δ13Cp)/(1 + δ13Cp/1000) (≒δ13Cs - δ13Cp)

これは、下付きのsはstart material、pはproduct materialを表し、プロセスが起こる前と後でどれだけの同位体変化が起こったかを示します。計算例を示しましょう。

 大気中のCO2のδ13C = -8‰ (R = 0.1115)

 典型的なC3植物のδ13C = -27.6‰ (R = 0.01093)

 Δδ = {-8-(-27.6)}/{1+(-27.6)/1000} = 20.1‰

ということです。生物学では一般的にδ13Cは負、R<1で、Δδ13Cは正です。Δとδ、どっちもデルタと読みます。こういう混乱を呼ぶ略号の使い方はやめてほしいんですが、完全に慣習となっており、どうにもならないようです。


同位体分別の一般則

 

以下に書くのは、O'Leary et al. (1992) が指摘した同位体分別が起こるときの一般的な傾向です。あくまで一般的な傾向であり、例外は多数存在しますので、うのみにはしないで下さい。

1)平衡状態では13Cはより制約がかかる環境に集まる。

と書いても私もなんのことだかわかりませんが、要するに、平衡状態では結合する原子が多いほうの分子に13Cが多い、ということのようです。例えば、溶存二酸化炭素の一部は水と結合して重炭酸イオンになります(下の式)。

CO2 + H2O ←→ H+ + HCO3-

このとき、結合する分子数の多いHCO3-のほうがどちらかというと13Cの割合が多いようです。

2)動的状態では13Cは遅い。

物理学的プロセスでも化学的プロセスでも、なんらかのプロセスが起こっている場合、12C化合物の変化よりも13C化合物の変化のほうが遅くなります。これは、13Cのほうが重いから、と考えていいようです。

3)化学的プロセスで起こる同位体分別は物理学的プロセスによるものよりも大きい。

物理学的プロセス、例えば大気中のCO2の拡散によるΔδ13Cは4.4‰ですが、あるdecarboxylation反応では、Δδが60‰に達するものもあります。

4)酵素反応での同位体分別は化学反応による同位体分別より小さい。

5)温度などの反応条件により、酵素反応での同位体分別に大きな変化が起こる。

6)陸上のC3植物は大きな同位体分別を示す。

7)C4植物の同位体分別は小さい。

8)C3植物では、Δは葉内二酸化炭素濃度に依存して変化する。

 6)−8)の光合成関連については、以下にて詳しく書きます。


C3光合成と同位体分別

 

 C3植物での同位体分別は、大気から葉緑体までの拡散による物理的な分別と、二酸化炭素を固定する酵素RuBPCaseによる化学的な分別という複数のステップで起こります。Δは以下の式にしたがうことが知られています。

Δ = a + (b - a) × pi/pa (4)

ここで、piは葉内二酸化炭素分圧、paは大気二酸化炭素分圧、aは拡散による分別、bはRuBPCaseによる分別です。aもbも正の値をとり、b>aですので、この式は葉の中の二酸化炭素分圧が上がれば分別が大きくなることを意味します。逆に、葉の同位体組成を測定すると、葉の中の二酸化炭素分圧がどれだけだったかを推定することができます。これが同位体測定を行う目的であることが多いようです。

 だいたいa=4.4‰、b=27‰をあてはめると実際のデータをよく説明できるのですが、葉の中での二酸化炭素の拡散も考えると、厳密には正しくないことが指摘されています。これについてはあとで詳しく書きます。

 式4の関係を感覚的に言うと、次のようになります。

・RuBPCaseは13CO2が嫌い(Δが大きい)。このため、葉内に二酸化炭素濃度が充分あれば、13CO2しか食べず、光合成もΔが大きい。

・しかし、葉内二酸化炭素濃度が低い場合は、13CO2も食べてしまうので、光合成としてはΔは小さい。

 式4を見たことがある人は多いでしょうが、どうしてあの式が導けるかまで知っている人は意外に少ないんではないでしょうか? ということで、Farquhar et al. (1989) を見ながらやってみましょう。

 定常状態を仮定すると、光合成により吸収した炭素の同位体比Rpは、13CO2の吸収速度A13とAの比です。

Rp = A13/A (5)

ここで、厳密にはAではなくA12を使うべきですが、13CO2の割合は少ないのでA ≒ A12とします。次に、葉内二酸化炭素の同位体比をRiとすると、式2より、

b = Ri/Rp - 1 (6)

です。さて、大気CO2と葉内CO2の分圧の関係は以下の通りです。

A = g (pa - pi)/P (7)

Aは光合成速度、gは大気−葉内間のコンダクタンス、Pは大気圧です。物理的な拡散の場合の同位体分別は拡散係数Dの違いによります。したがって、拡散における同位体分別は、

Δ = D13/D12 - 1 (8)

で表せます。コンダクタンスは拡散係数を拡散距離で割ったもので(詳しくはこちら)、12CO213CO2の拡散距離に違いはありませんので、コンダクタンスを拡散係数の代わりに使うことができます。したがって、

a = g13/g12 - 1 (9)

となります。g ≒ g12とみなし、式9を式7に入れてA13を考えると、

A13 = g (Ra pa - Ri pi)/(1 + a)P     (10)

と表すことができます。式10と式7を式5に代入すると、

Rp = (Ra pa - Ri pi)/(1 + a)/(pa - pi) (11)

となり、変形すると、

Ra/Rp = (1 + a)(pa - pi)/pa + Ri/Rp × (pi/pa) (12)

です。これを式6に代入すると、式4を導くことができます。


C3植物以外

 

 C3植物とC4・CAM植物は同位体分別が大きく異なります。このため、C3とC4・CAMを簡便に区別する手段として同位体分別が使われています。

 

 C4植物

 

 一般的なC4植物のΔは4‰前後だそうです。C4植物で最初に二酸化炭素を固定するのはPEPCase(ホスホエノールリン酸カルボキシラーゼ)とされています。この酵素だけが二酸化炭素を固定するのなら、上の式でいうbの値は-5.7‰なのですが、維管束鞘細胞内へも二酸化炭素が若干拡散するため、RuBPCaseによる分別が起こります。一説には、C4でもRuBPCaseが直接二酸化炭素を同化する割合は37%だそうです。なお、PEPCaseのb=-5.7‰は、PEPCaseが分別するのではなく、水中の二酸化炭素が重炭酸イオンに変換されるときの分別だそうです。RuBPCaseは水に溶けている二酸化炭素を同化しますが、PEPCaseは重炭酸イオンを同化します。PEPCaseは同位体分別をしないんですかね?

 

 C3-C4 intermidiacy

 

 C3とC4の中間的な種ということでしょうか。私は詳しく知りません。Δが9.6-22.6‰くらいになる種のようです。

 

 CAM

 

 CAM植物とは、夜間気孔を開けて二酸化炭素をとりこんで有機酸にして蓄え、昼間は気孔を閉じ、夜に蓄えた有機酸を糖にする植物を言います。私は詳しくは知りません。CAM植物はΔが-3‰くらいになるそうです。

 

 水中植物・藻類

 

 藻類も私は門外漢です。藻類は二酸化炭素を細胞内で濃縮する機構を持っているそうです。この機構は高CO2条件で育てると発現しません。濃縮の有無で同位体分別は大きく変化します。CO2濃度が5%の空気を送りながらクラミドモナスを育てると、濃縮機構はなく、光合成は実質C3植物と同じ条件になり、Δは27-29‰になります。普通の空気を送りながら育てると、CO2濃縮をするためC4植物のようになり、Δが4‰くらいになるそうです。


葉内二酸化炭素コンダクタンスの実測

 

 さて、上ではΔ = a + (b-a) × pi/paの式を紹介し、同時に「これは厳密には正しくない」と書きました。何が正しくないか、というと、この式ではRuBPCaseによる分別がpi(葉内細胞間隙のCO2分圧)に依存すると仮定して計算しています。しかし、実際にはpiではなく、葉緑体内のCO2分圧に依存するはずです。ということで、厳密に考えてみましょう。式4同様の考え方で、以下のような式になります。

 

Δ = ab (pa-pb)/pa + a (pb-pi)/pa + ai (pi-pc)/pa +b pc/pa -e Rd/k/pa - f G*/pa (13)

 

ここで、abは境界層でCO2が拡散するときに起こる同位体分別、pbは境界層でのCO2分圧、aiはCO2が水に溶け、拡散するときの同位体分別、pcは葉緑体内のCO2分圧(実際は水に溶けているので、水中の濃度を分圧として表したもの、と考えて下さい)、Rdはday respiration、e、k、fはたぶん比例定数です。G*は「day respirationを考慮しないときの二酸化炭素補償点」で、詳しくはこちらをご覧下さい。

 この式の説明をしますと、ab (pa-pb)/paは境界層で起こる分別、a (pb-pi)/paは気孔で起こる分別、ai (pi-pc)/pa細胞間隙から葉緑体までの分別、b pc/paはRuBPCase(とPEPCase)による分別、-e Rd/k/paがday respirationの影響、- f G*/paは光呼吸の影響だそうです。この式をどうやって導いたかはもはや私の興味外です。

 こんなわけのわからん式を作って何の役に立つかですが、この式は、ガス交換測定(光合成測定)と葉による同位体分別を同時に測定するときに使います。上でしていた話はいずれもサンプリングしてきた葉の同位体分別を測定していましたが、近年は葉の周囲を通って出てきた空気の同位体分別を測ることができるようになりました。近年といっても、最初にその報告が出たのはEvans et al. (1986) です。

 こんなにパラメータが多くて測定できるのか、と思いますが、ab、a、aiは既知ですし、ガス交換測定により、pa、pb、pi、RdG*がわかります。day respirationや光呼吸の影響の定数は、この定数がCO2濃度に依存しないという仮定をおけば、複数のCO2濃度で測定を行うことによって無視することができるようになります。そこで、一枚の葉で光強度やpaを変えて測定することで、pcとbを推定することができます。Evans et al. (1994) によると、タバコ葉ではbの値は30‰くらいのようですね。式4にあてはめるとbは27‰だと書きました。13式のbが本来正しいもので、式4のbは葉内拡散の分別も組み込まれている経験パラメータと考えたほうがいいでしょう。

 この測定ができるのは、日本では現在京都工芸繊維大学の半場さんの研究室だけではないかと思います。


問題点

 

 O'Leary の総説なんかを読むと、「δよりΔを使うべきだ」みたいなことが書いてあります。まあ、たしかにそのほうがわかりやすいのですが、これは理想論です。オンラインシステムを除くと、サンプルを測定して得られる値はproduct materialとしてのδです。Δを得るためには、start materialのδの値を知る必要があります。しかしこれが実に大変です。普通の大気中のCO2のδ13Cは-8‰であると書きましたが、これはあくまで平均値です。時間や場所によってδ13Cは大きく異なります。

 まず問題となるのが地表面です。土壌中からは、微生物による分解、根の呼吸などによってCO2が放出されています。これは元をたどるといずれも植物由来なので、δ13Cが低くなっています。森林の中では、CO2のδ13Cの鉛直勾配が生じていることがわかっています。また、この鉛直勾配はいつでも同じように形成されているわけではなく、時間や環境の影響を受けます。例えば、風の強い日などは空気がかき回されるため、鉛直勾配は小さくなります。ですから、ある日調査地に出かけてCO2のδ13Cの鉛直勾配を測定しても、それが何を意味するかはわからないのです。連続測定をすればわかるかもしれませんが、それはそれで大変です。半場さんは学生時代ユニークな方法でこの問題を解決しました。それは、CO2分別を(比較的)しないC4植物をポットで育て、森林の異なる位置において、その場の大気CO2のδ13Cの指標としました(Hanba et al. 1997)。

 次に問題となるのが、温室やファイトトロンなど、外界と隔離された環境です。これは半場さんから聞いただけなので詳しいことは知らないのですが、とにかくこういう環境の空気は標準大気とはずいぶん違った同位体比になっているんだそうです。

 もう一つついでに。CO2ボンベを作るとき、CO2は石油かなんかを燃やして作るそうです。これも結局植物由来ですから、ボンベで供給されるCO2はδ13Cがたいへん低いそうです。車の排ガスもδ13Cが低いでしょうね・・・。

 ということで、start material としての大気δ13Cにはいろいろ難しい問題が含まれているようです。オンライン測定の場合は、start、product materialの両方を実測できるので、このような問題はありません。

 

 別の問題点として、植物体のδ13Cを直接する場合、これは平均値なのだ、ということをわきまえる必要があります。さらに、平均値であることをわきまえたとしても、その値がいつからいつの状況をどのように反映しているのかもよくわかりません。

 

 安定同位体の利点は測定が簡便であること(装置を使い慣れていれば)です。しかし、得られた値の意味の考察には慎重な検討が必要です。


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